- ナノ -
「レタラがウェンカムイになって欲しくないだけだ」

ウェンカムイ、それは悪い神のことだ。
熊や狼といった動物は神様として扱われ、死んだら天へ戻ると言われている。
だが、人間を殺して悪い神になってしまうと地獄に落ちてしまう。帰れなくなる。

聞いたことがある。アイヌの村にお世話になったときにその話を聞いた。

「人間を殺せば悪い神になって地獄に落ちるというやつか……。安心しろ、人間なんぞにそこまで価値はない」

けれど、二瓶さんはきっと信じないだろう。それはそうだ。だって彼はアイヌの人ではない。
彼はそれよりも狼との勝負を優先するだろう。何よりも。

「これは獣と獣の殺し合いよ」

ああ、楽しそうだ。

「だが生き残るのは俺一匹!! 苦しませずに一発で決めてやる」

「二瓶さん!」

驚きに二瓶さんが振り向く。
私は全力疾走した後で、息が上手く出来ない。汗が流れて、目に入ってきていた。

「なぜここにいる! 隠れていろと言っただろうが!」
「二瓶さん、やめよう! その子を離して! 帰ろう!」
「帰る場所はここだ。邪魔をするなと言っただろう」

狼を釣る餌として木に吊り下げられた少女はこちらを見て驚いている。
そう、邪魔をしないと誓えを言われた。けど。

「たぶんって言った!」

木に走り寄り、よじ登る。
いくら二瓶さんが狼を仕留めよとうとしても、この子がいなければそれも出来ない。
この子さえ助け出して、逃げてくれれば二瓶さんは狼との勝負が出来ないのだ。
少女が驚きの中に喜びを滲ませた顔をした瞬間に、声が耳に届いた。

「生江、やめろ!」

初めて呼ばれた名前に身体が一瞬だけ止まった。
そしてその瞬間に視界が反転する。

「っ、二瓶さん!」
「黙っていろ。仕方がない、お前には黙っててもらうぞ」
「ねぇやめよう? 二瓶さん、お願い、一緒にまた鹿を獲ろう、それで谷垣さんと食べよう。その方が楽しいよ」

身体を雪に叩き付けられ、痛みに呻く。
完全に身動きがとれなかった。ベルトを取り出して、縛り付けられていく体に焦燥する。片腕を怪我をしたのか布で覆っていて扱いにくいだろうに、慣れた手つきだった。
二瓶さんは私の言葉に、一切耳を貸さなかった。素早い動きで身体を拘束して、そのまま吊り下げられている女の子とは逆側に転がされる。間違っても女の子を助けないようにだろう。

「二瓶さん、恩人さん!」
「黙ってろ。直ぐに白い狼の肉を食べさせてやる」
「っ、違う、そんなの欲しくない!」

馬鹿、戦い馬鹿!!
二瓶さんが銃を構え、周囲を見渡す。
駄目だ。“もう来てしまう”。

「鉄造!!」

お願い、また、一緒にお肉食べたいの……!

一瞬だけ、二瓶さんがこっちを見た。
けれど、直ぐにその眼は獣の眼に戻った。

ウェンカムイ