- ナノ -
狼煙が上がって、二瓶さんは私に隠れているようにと言った。
私がいるともしもの時に動けない。
私も一緒に行きたかったが、正論でしかないその言葉に頷いて二人と一匹と別れた。

一人で雪道を歩く。
お腹の傷が痛い。けど、もう熊に戻ろうか。
たぶん、死なないだろう。傷も塞がっていた。

「……山で死ぬ」

それは、きっと素晴らしいことなんだろう。彼にとっては。

悲しい。

二人と仲良くなるんじゃなかった。




アマッポというアイヌの鹿用の罠に掛かった谷垣は、全身を蝕む痛みに苦しみながらも前へ進もうとしていた。
二瓶は白い狼を獲ってくると言った。アイヌの少女を連れ、狼を撃ちやすい場所へ移動したのだろう。
痛みに意識が朦朧としつつ、谷垣はずりずりと雪道を進む。

「谷垣さん!」
「っ、生江、か?」
「谷垣さん、罠に掛かったんだね」

木々の間から現れた少女に、谷垣は驚きながらも視線を向けた。
腹に傷を負っているはずの少女は身体を激しく動かし、谷垣に近寄って膝をついた。
二瓶が隠れているようにと言ったはずなのに、銃の音で心配になってやってきたのかもしれない。
谷垣は、自分の様子を見て苦しそうに顔を歪ませる生江を見て、自らの彼女へ向けていた違和感を消した。いや、存在はしているが、それだけになった。

「谷垣さん……大丈夫。きっとよくなる」
「ああ、ぐっ、俺は、行かなければ」
「……」

這いずる谷垣に、生江は唇を噛む。
拳を震わせ――谷垣へ抱き着いた。
頭を抱えるように抱き着いた生江に包まれた谷垣は、驚きながら名を呼ぶ。

「生江?」
「……ありがとう」

腹から血の臭いが微かにかおる。暫く抱きしめ、そして生江はばっと身体を離した。
谷垣が見たその顔は、少女とは思えないほど凛々しかった。

「長生きしてね」

そういって、谷垣の坊主の頭を撫で、生江はその場から走り出した。
それは二瓶たちが去っていった方向であり、その速度は驚くほどに早かった。

「おいっ、待て生江、生江!」

谷垣は何かを予感した。だがそれだけだった。
名を叫び呼び止めようとしても、生江は一回たりとも振り返らず、その姿を消した。

悲しい