- ナノ -
眠気眼を擦りながら、朝日の中を歩く。
狼は来なかったらしい。キツネも来ていないと知った二瓶さんが、可笑しいと思い鹿の死骸まで足を運んでいるわけである。
眠いーと文句を言うと、谷垣さんに腕を持たれ引っ張られてしまった。足が遅いのは仕方がないじゃないかー。

「うおっ」

鹿の腹の上にあった糞を見て思わずそんな声が出る。これまた立派ですね。
どうやら二瓶さんたちが川で身体を洗っている最中に糞をしていたらしい。そりゃあ分かりませんね。
一晩無駄に見張りをさせられたわけなのに、二瓶さんはとても獰猛に――嬉しそうに笑っていた。
生粋の戦闘狂というか、動物狂である。ちょっと理解できないような出来るような。

「奴の肉で腹ごしらえてやろうじゃないか。もちろん糞で汚されてない部分をな」

そんな二瓶さんの言葉で、朝食会が始まった。鹿肉である。嬉しい。

枝に串刺しにした鹿肉を焼いてものを食べながら、二人の狼狩り談義を聞く。
二瓶さんは感情が臭いに出ると言い、確かにと思いながらもぐもぐと肉を食べる。谷垣さんはそれを聞いて「木化け」という言葉を口にする。
流石マタギ――森で狩りをしていただけある谷垣さんである。

「「娘が?」」
「十五人の子供と女房とは絶縁状態だ。女というのは恐ろしい……」

たぶんそれ自業自得なんじゃないかな。そんな気がする。たぶん間違ってない。
二人が楽し気にさえ感じる会話をしているのを黙って聞く。
天気の良い日だ。空が青い。
焚火の日が暖かく、心地いい。二人の会話を聞きながら、美味しい肉を食べる。

「さっきから食が進んでないぞ?」
「……二瓶さん」

気付けば食事を食べる手が止まっていた。それに気づいた二瓶さんが声をかけてくれる。
狩りに命を懸ける――山で死ぬ人。

「……狼を狩るのは、やめよう」
「何故だ?」
「狼は賢い」

そうして、生きるために全力だ。
所詮、人は人だ。己の為に殺す。それは二瓶さんも同じだ。
そこに芯があるから私は嫌いじゃない。けど、二瓶さんは人だ。

「そんな顔をするんじゃない」

どんな顔をしていたんだろう。でも、二瓶さんがそういうのならいい顔はしていなかったんだろう。
楽しいのに、どうしてだろう。二人といるのは楽しい。
とても、楽しいぐらいだった。

「恩人さん……」
「まだそう呼ぶのか。そんな呼び方をされるぐらいだったら、鉄造と呼ばれた方がいいな」
「……」

そういって笑う二瓶さんに、私は悲しくなった。

恩人さん