- ナノ -
生江は可笑しい。
その二瓶の言葉を、谷垣は理解しつつあった。
まず初めは熊の解体を見ていた時の姿だ。熊狩りはアイヌでも行われているだろう。だが、あまりにも冷静だった。二人には目もくれず熊へ直行し、そして二瓶と同じように“顔で判断”した。
まだ十歳の幼い少女に、その表情だけで熊が凶暴であったことが分かるだろうか。
そうして何よりも驚いたのが、二瓶が少女を警戒していたことだ。確かに、二瓶の手は銃へと伸びていた。

もう一つは先ほどの二瓶との会話だった。
人殺しはアイヌでも忌諱されることだろう。だというのに生江は当たり前のように二瓶の殺人を肯定した。山で生きて山で死ぬなら当然であると。
二瓶の論理は人間には通用しない。していいはずがない。だからこそ二瓶は牢へ入れられたのだ。
だが、確かにマタギの谷垣の心を揺さぶる言葉だった。
しかし、生江は――そうではない。すべてを肯定していたのだ。

まるで――自分でもそうするだろうとでもいうように。

だが、行動する分には普通の幼い子供だった。
食事に喜び純粋にはしゃぎ、大人の後をつける無邪気さを持つ。
――いや、そもそもどうして生江は二人をつけることが出来たのか?

「……」
「……」

目の前で二瓶の犬とにらみ合っている生江を見ながら、そんなことを考え――ただ杞憂かと思考を放棄しかける。
犬と意地の張り合いをしている少女は、あまりにも普通だ。
一歩も譲らずにらみ合いをしている一人と一匹は、どうやらお互いをお互いより上だと思っているようだ。
鹿の死体の元に狼が戻ってくると踏み、徹夜の見張りをしている二瓶と谷垣、そして生江と犬。
そんな中で生江はひたすらに普通だった。

「……」(クワッ!)
「……」(ビクッ!)

生江が女の子らしからぬ顔をし、犬を威嚇した。
それに犬が怯え、きゅうんといってそのままへこたれた。上下が決まったようだ。元々狼の縄張りに来てから元気のなかった犬は、そのまましょんぼりと腰を下ろしている。
荒いやり方をするなと思いながら、満足げに笑みを浮かべ、谷垣の視線に気づいたのかそちらへウインクを送る生江に谷垣は笑みを返した。

「谷垣さん、毛布入れて」
「寒いのか?」
「んー、この方が仲良しな感じがして好き」

そう嬉しそうに言う生江を抱えながら、谷垣は銃を手放さず、思っていた疑問を口に出した。

「どうして生江は家に帰らない?」
「……」

谷垣に寄り添いながら、尋ねられた質問に谷垣の方を見た生江は谷垣を見つめながら、黙り込む。
そしてその目線は谷垣から外れ、二瓶の方へ向いた。
二瓶に何かあるのかと思い目線をそちらへ転じれば、腕の中で生江が囁くように――谷垣にしか聞こえないほどの声で言った。

「二瓶さん、優しい人だから」

優しい、おおよそ二瓶に似合わない言葉に谷垣が生江の方を見ると、生江は丸まって寝る体制に入ってしまった。谷垣と二瓶は見張りの為、交代で寝なければならない。

「俺が先に見張る。谷垣は休んでいろ」

そう言う二瓶に谷垣は頷いた。
子供特有の暖かさを感じながら、谷垣は狼を待った。

優しい人