- ナノ -
暇である。
二人が狼を狩る為にさっさと出て行ってしまったのだ。
勿論手負いの私は待機である。それ言ったら谷垣さんだってそうなのに。そう言ったらこいつは戦力になるからと言われた。
くっ、私だって熊になりさえすれば……! その前に二瓶さんに殺されちゃうか。
でも今の状態で熊になるのはちょっと厳しい。人間になるのに気合をいれたように、人間から熊になるのも気合がいるのだ。力むと体が変化していく。服が毛皮になっていく。
でも身体が大きく変化するから結構身体に負担がかかる。たぶん傷口も開く、どころか裂けてしまうのではないだろうか。ちょっとそれは遠慮願いたい。

でもやっぱり暇だ。
二瓶さんは私に炙った肉を置いて、
『それ食べて待ってろ。獲った狼を見せてやる』
と言い残し、行ってしまった。

「……」

私はやめた方がいいのではといった。
狼は賢いから、二瓶さんや谷垣さんでもやられてしまうかも。と。
そう言ったら、寧ろ血が滾る。と言われて、谷垣さんもそうらしかった。

「……もぐもぐ」

肉は冷たいが、塩が効いていて美味しい。
香ばしいし、やはり人間様様だ。

……でも。

「みんなで食べた方が、美味しい」

食べた肉は、とても味気なかった。



夜である。二人が帰らない。
なんだか落ち着かなくて、その場でじっとしていることが出来なかった。
いやー十歳児だし。仕方がないよね。
置いておいてくれた炙り肉もすべて食べてしまったし、腹の痛みに耐え続けるのも限界だ。

「よし、探しに行こう」

匂いは覚えている。さっさと見つけて一緒に帰ろう。

テントを出て、二人の匂いを辿る。
足跡も途中で見つけ、匂いに強まっていく。
夜で光源も月しかないが、熊にとって夜は昼と同じだ。
ちょっと目に力を入れて周囲を探りつつ足を進めていく。間違っても同胞に襲われないようにだ。
そうしてたどり着いた先は小さな川がある場所だった。そこには二人もいて、二瓶さんがなぜか服を抜いていた。

あらやだ立派な身体。でもあそこは小さい。寒いからか。

そのまま姿を露わそうとしたら、突然谷垣さんが二瓶さんに銃を向け、驚いて木の陰に隠れた。
もしや悪いタイミングで来てしまったのだろうか。
ちょっとびくびくしながら耳を澄ます。ふふふ、私相手に隠し事は出来ないのだよ。っていうか漫画の展開どんなんだったっけか――確か――。


話していたのは二瓶さんが牢獄に入れられる理由。そして身体に入れられた刺青の話。
『山で死にたいから脱獄した』
そう、彼は言った。それは難しい。けれど、彼は――二瓶さんなら、成し遂げるだろう。

だって、私は。
私は、知っている、から。

木の幹に背を預けながら、完全に出ていくタイミングを逃した私はその場でじっとしていた。
なんだか出ていく感じじゃない。どうしようかと息を最小限にとどめていたら、隣に何かの動物が。

「ゥゥゥゥ!」
「わっ」

それは二瓶さんが連れていた犬だった。可愛らしい外見を台無しにしてこちらを威嚇している姿は勇ましいが、この状況下でそれをやられるとすごく困るんですけどぉ!

勿論、犬の異変に気付かない二人なわけもない。
谷垣さんが確認しに来て、私はあっけなく捕まった。

「……」
「……」
「……」

無言が痛い。やっぱり怒られるだろうか。
いや、だって帰ってこないのが悪いんだ。あのままだったら私は空腹で死んでしまっていた。
炙り肉は一週間分ぐらいあったが、全部食べてしまったし。

「さっきの話、聞いていたか」

黙って首を縦に振る。こ、これは怒られる前座みたいなものなのだろうか。勘弁してほしい。
びくびくとしながら服を着替えた二瓶さんをみれば、険しい顔をして問いかけてきた。

「怖いとは思わんのか」
「怖い?」
「俺は人を三人殺したんだぞ」

そう、悪いと全く思っていない顔で言う二瓶さんに、何を言っているのかと思った。

「だって、二瓶さんは山で生きて、山で死ぬんでしょう。なら、それは悪い事じゃない」

自分を殺そうとしたものを殺して何が悪い。
一方的な害意で、欲で殺すのはただの悪人だ。人だ。
だが、二瓶さんは違う。ふっかけてきたのは相手だ。そして殺した。それは自然の摂理だし、そうしないと自分が死ぬ。
最後の一人は、仕方がない。だって殺そうとするのは殺される覚悟があるものしかやってはいけないことなのだから。

私が断言すれば、二瓶さんは、そうか。とだけ言って立ち上がった。
あれ、怒られないのかな。そわそわと様子を窺う。

「鹿のところへ行くぞ。そこで今日は見張る」
「わ、私も!」
「邪魔をしないと誓えるか?」
「たぶん!」

勢いよく頷けば、二瓶さんがニッと笑って正座していた私に手を伸ばしてくれる。
それに飛びついて立ち上がり、私も笑いかけた。

たぶん!