- ナノ -
谷垣と二瓶は一匹の羆を狩り、互いの目的を一匹のエゾオオカミとした。
羆を解体し、部位を分けていく二瓶へ、谷垣を問いかける。

「しかし、どうしてあの少女を村へ返さない? 狩りが有利になるからか?」
「確かにアイヌの知識は素晴らしい。だが、違うな」
「なら何故だ。雪山に寝かせているより彼女の村へ連れて行った方が治りも早い。このままでは菌が入り身体を弱らせて死ぬかもしれないぞ」
「そんなことは知ってる」

慣れた手つきで解体をしながら答える二瓶に、谷垣は顔をしかめる。
ならばなぜ連れて行かないのかと。

「あいつは可笑しい」
「なんだって? ……生江がか?」
「ああ」
「どこが可笑しいんだ。普通のアイヌの少女ではないのか」
「見てりゃあ分かるさ」

それだけ言い、口を閉ざした二瓶に谷垣は息を吐いた。
今のところ可笑しなところはない。不運にも銃で撃たれ、幸運にも生き延びた少女だ。
いや、だが――確かに一つある。どうしてか村に帰りたがらないのだ。
この年なら親も恋しいだろう。傷を負っているなら尚更だ。銃に撃たれて恐ろしくなかったわけがない。
帰れない理由でもあるのか。そう思考を働かせたとき、足音があたりに響いた。

谷垣と二瓶が一斉にその方向へ顔を向ければ――そこにはアイヌの少女がいた。
腹に血を滲ませながら、二人を――いや、熊を解体している二瓶を見ていた。

「生江、なぜここに」

谷口が足を引きずりながら生江へ近づく。持っていた銃は切っ先を下にして。
だが、二瓶は違った。
解体していた手を止め、ゆるりと銃を掴む。
生江は二瓶を見つめたまま、一目散に走り出した。二瓶の方向へ。

「生江?」

脇を通り抜けた生江の名を呼んだ谷垣と、走り寄る生江。
そして――生江は二瓶も素通りした。ただ一目散に、二瓶ではなく――解体されていた熊へと駆けつけたのだ。

「……」

無言で死んだ熊の顔を見つめる生江に、二人は押し黙った。
見つめている生江の顔は、何を考えているか分からない表情をしていたのだ。ただただ見下ろす少女に――二瓶は銃をおもむろに持ち上げた。

「怖い顔をしてるね」
「……ああ、六歳のメスだ。ヒグマはメスの方が気性が荒い」
「悪い子にならない内に死んだんだね」
「……」

生江は優しく熊の毛を撫でる。そして、ゆっくりとほほ笑んだ。

「よかった」
「……本当にそう思っているのか?」
「? うん。ねぇ、この子も食べるんでしょう?」
「ああ。今日の夕飯だ」
「そっかそっか。じゃあ、美味しく食べよう」

熊を撫でながらそう言う生江に、二瓶は手に持っていた銃を下した。