- ナノ -
白昼夢だ。遠い昔の夢、握れなかった掌を、今更握り返す夢だった。
純粋な幼子だった。けれど、プロメアの炎の塵と消えた。その原因が、自分にあるとクレイは理解している。己が発作を抑えきれずに燃やした家を思い出す。その玄関から飛び出してきた子供は二人いた。
幼い少年と、少女だ。必死で弟を助けようと走ってきたのだろう。自分よりも先に弟をクレイに押し付けた子供は、クレイの腕の中で気を失った。
ガロはその時の記憶を覚えていないと言っていた。朧気だと。そして少女――エマも同じくそう告げた。だがその言葉にどこか戸惑いがあるのをクレイは察し、クレイを見る目に困惑があるのを悟る。
だが、彼女は大人しくクレイの元にガロと一緒に身を寄せた。そして、いつしか本当の家族のように笑みを見せるようになった。エマはガロの世話を焼いて、時には笑い、時には研究熱心なクレイを気遣った。

彼女はクレイを『大事』だと言っていた。クレイはそれに、言葉を返すことはなかった。

クレイが二人を引き取って月日が流れた頃、クレイは彼女が燃え盛る場面に鉢合わせた。幼い少女が炎に巻かれ、火柱の中、身体が崩れていくのを見た。
身動きがとれず、しかし崩れ行く少女に動いた身体は手を伸ばす。だが、少女が伸ばした手は火の粉と消え、身体は消滅した。
後に残ったのは焦げ付いたキッチンと割れたコップの欠片。そして、彼女が燃え盛るほどに衝動を抱えていた事実だけだった。
クレイは、その時に理解した。少女が、家を、両親を焼いたものが誰か知っていたことを。ガロと笑っていた、クレイに笑みを向けた、クレイを大事だと言った。その時、本当はどんな感情を抱いていたのか。
クレイには分からない。一生、分かるはずもない。彼女は燃え尽きたのだから。

月日は流れた。地球の余命は僅かとなり、クレイは司政官としてプロメポリスの頂点に立っていた。
それもこれも、人類を救うためだ。男は救世主になる、そのはずだった。
身に巣食うプロメアの声を押さえつけ、計画を進め、最終段階までやって来た。あと少しだった。
それを、あの子供に止められた。ガロ、忌々しい子供。
殺そうとした。過去の過ちと共に、消し去ろうとした。けれど、消えなかった。ガロはその魂の熱さを持って、地球を鎮火までせしめたのだ。
もう、クレイがどうこう言うことはできなかった。男が何十年もかけて救おうとした人類が、地球を含めて全て助けられてしまったのだから、もう全ておじゃんだ。

けれど、その中で――一つの夢を見た。
白昼夢。遠い昔に起こった出来事、握ってやれなかった手を、今更握り返す幻想だ。
だが、その中で彼女は、本当に嬉しそうに笑っていた。まるで家族に向けるような表情で、クレイを見つめていた。
エマが、どんな思いでクレイを『大事』なのだといったのか、今更ながらに男は理解した。

今更だ。今更、その手を掴んでどうなる。
もう、あの子は消えてしまったのに。

消えていく白昼夢の中、どうしてもクレイは彼女の手を離せなかった。


眼前の光景が、折れたブリッジと朝焼けに変わる。
それと同時に、座っていた腹に重みが加わった。なんだと手と視線を向かわせてみれば、柔らかな感触。青い髪の子供の頬。

クレイは瞠目し、何度叫んでも慣れない驚愕の声を上げた。