- ナノ -
いやぁ、まさか転生先が知っている世界とは思わないじゃないですか。
あの後、いつの間にか意識を失っていた私は病院で目が覚めた。隣にはガロもいて安堵の息をついたものだ。ガロも特に怪我もなく、私もあっても擦り傷程度だった。
だが、両親は炎に飲まれてしまったらしい。それを聞いて悲しめなかった私は酷い奴かもしれない。
なんというか、あまりいい両親ではなかったのだ。その、ネグレクトというか、酒に悪酔いするというか、浮気というか、まぁ、どっちもあんまりいい人たちではなかった。
ガロに被害がいかないようにしていたが、その分私は彼らの嫌な面を沢山みてしまったので、なんというか、複雑な気持ちだ。
まぁそれはそれとして。
私は転生者である。人生は二度目だ。つまり、前世の記憶がある。
今までそれでずいぶん助けられた。家族関係のことで。しかし、忘れていた記憶もあったらしい。映画『プロメア』とても面白い最高のアニメ映画で、オタクだった私はすっかりはまっていた。
だが、どうやらその記憶がすっぽり抜け落ちていたらしい。前世を覚えているといっても全部が全部覚えているわけじゃない。日常は思い出せるが、なんて地区に住んでいたかは思い出せないし、通っていた学校の外見は覚えているが友人の顔は覚えていなかったり。穴ぽこだらけの記憶の中で抜け落ちていた記憶だった。

しかし、思い出した瞬間の間が悪い。だってクレイさんが家を燃やしちゃった時とかさぁ。
だがまぁ、起こってしまったことは仕方がない。原作でもそういう流れだったし、もしかしたら意図された記憶改ざん的なあれかもしれない。知らんけど。

とまぁ、とりあえず私とガロの命が無事だったのを喜びつつ、病院で日々を過ごした。
ガロはショッキングな記憶故にあの時のことが曖昧らしかった。うん、それでいいと思う。あんなの覚えていてもトラウマになるだけだしね。
しかし私はというと、滅茶苦茶はっきり覚えている。生きるか死ぬかだったし、もう脳内映像で再生できるぐらいくっきりと。だが、私もガロと同じように「あまり覚えていない」と主張している。なぜかといえば……なんでだろうなぁ。クレイさんが私たちを火の手から助けてくれた英雄になっていると話を聞いたからかもしれないし、はたまた原作での展開を知っているからかもしれない。
別に、深い意味はないのだ。ただ私は平穏に生きていきたいだけで。


「姉ちゃん、やっと退院できるな!」
「うーん、そうだねぇ」
「なんだよ、嬉しくないのかよ」
「うーん、嬉しいんだけどねぇ」

腕を組んで眉間に皺を寄せる。
そう、今日は退院日。煙を吸ったりもしたので、少し長めに入院させてもらっていたが、それも今日で終わりだ。実は、この後に孤児院に行くことが決定しているのだが、その孤児院が満員でもしかしたらすぐに出て行ってもらうかもしれないと教えてもらっていた。
昨今、世界大炎上が起こってまだ十年ほどだ。孤児はたくさんいるし、今もバーニッシュ火災による被害者は多く出ている。孤児院の数は多いが、それでも収容しきれない状態なのだ。
そんな状態で、いつ追い出されるかもわからない孤児院へというのは現実の厳しさを知っている私からすればとっても不安なわけなのですよ。
なので、退院できて嬉しそうなガロに対してもなんといっていいものか。
あ、あと両親のことについては「二人は長い新婚旅行に行っちゃったんだよ〜」と誤魔化しておいた。元々両親との接触が少なかった(私が避けさせていた)ため、そこまで寂しがることもなく、そっか!で流していたガロに子供は凄いなぁと謎の関心が生まれたりした。

さて、そんなわけでまだ一応包帯を巻いている私と、元気な弟ガロ(七歳)。
明日の飯にも困りそうな状況に、手を差し伸べてくれる人がいた。

「エマちゃんに、ガロ君だね」
「えっ」
「あ、もしかして――」
「ああ。クレイ・フォーサイトだ、久しぶりだね」

う、うわああああああああああああああ!!! クレイ・フォーサイトだぁああああ!!!

動揺して硬直したが、ガロは喜びを隠しもせずにその人へと煌く目を向けていた。
そう、クレイ・フォーサイト。私たちをバーニッシュ火災から助けたことになっている青年だ。
ガロはその話を聞いており、自分たちを助けてくれた英雄としてヒーローの位置に彼をおいていた。私はといえば、今後彼とどんな関係になるんだろうか。と思いつつも、そうだねぇ、ヒーローだねぇ。とガロに話を合わせていたのだが……。

「今日で退院だってね。おめでとう」
「う、うん。ありがとう」
「それで、一つ提案なんだが」

一緒に住まないかい。
そう、彼が手を差し伸べてくれたのだった。


一応、施設の余裕ができるまで。という期限付きだったが、どこからか施設云々の話を聞いていたらしいクレイさんは私たちを引き取ってくれた。
ガロは勿論大喜び。助けてくれた英雄と一緒に暮らせるのだから。対して私は物凄く複雑だった。いやだって、クレイさん、家、焼いたよね……? 家を焼いてしまった子供たちが路頭に迷うのが耐えられなかったのだろうか。とも思うが、恐らくまだ学生であるクレイさんが子供二人の世話をするとか。元々ガロだけだったのに、私まで追加か……。え、もしかして本来なら私あの火災で死ぬ運命だったりしました? それはそれで辛いぞ。

しかし路頭に迷うのも困るので(私だけならともかくガロに辛い思いをさせるのは無理だ)申し訳なく思いつつもクレイさんのところにお世話になることにした。

最初は緊張したし、不安だったがだんだんと慣れて行った。
クレイさんは普通に接する分にはとてもいい人で、優しい人だった。研究で夜なべして帰ってきたり、実験がうまくいかずに不機嫌だったりするものの、私たちの前にくるとちゃんと機嫌を直して笑ってくれる。
うん。両親に比べたら物凄くいい人だ。

「クレイ〜〜〜夕飯いる〜〜〜?」
「ちょっと書かなきゃいけない論文があるから今日はいいよ」
「じゃあちょっと摘まめるものだけ持ってってあげるね」
「ああ、ありがとう」
「姉ちゃん俺にもー!」
「ガロはちゃんとした夕飯があるでしょー」

自室にこもるクレイさんに向かって夕飯の確認をする。
何か月も一緒にいる中で、敬称もつけなくなってしまった。随分仲良くなってしまったものだと思う。
相変わらず忙しいクレイさんは夕飯を抜いたりする。だが、それだと身体によくない。ただでさえあんなに体が大きいのだ、何も食べないなんてのは避けてほしい。そんな思いもあって、食べないという日は摘まめるものだけ作って持って行ってあげたりしている。なんて気の利く八歳なんでしょう。はい、私は八歳です。

駄々をこねるガロに、一本だけつまみで作ったポテトを口に突っ込んであげる。
そうすると嬉しそうに口をもごもごさせるので、思わず破顔してしまった。

「姉ちゃん、ママとパパっていつ帰ってくんのかなぁ」

二人で夕飯を囲んでいるときに、ガロがふと口にだした疑問に思わずフォークを止める。
ガロを見やれば、真ん丸の目で私を見つめてきていて口の中に含んでいた料理を飲み込んだ。

「……二人はね、もう帰ってこないよ」
「……そっかぁ」

そういうと、ガロはフォークで料理をちょいちょい、と突いた。
食べるならちゃんと食べて、と少し注意して、はーいと軽い声が返ってくる。

「寂しい?」
「ううん、姉ちゃんいるし! クレイもいるから!」

そう笑うガロに、なんとなく心が軽くなる。
しかしちょっと笑みを沈めて、ガロが問いかけてきた。

「姉ちゃんは?」
「なに?」
「姉ちゃんは寂しいのか?」

じっと見つめられて、思わず苦笑した。

「ガロと同じだよ」
「そっか!」