- ナノ -
それは余りにも突然だった。
熱を感じたと思った瞬間、燃え上がる壁や床。
余りのことに叫び声も出ずに、ただ一緒に寝ていた弟の腕をつかんで引っ張り上げた。

「いだっ、何すんだよ姉ちゃん!」
「いいから! 逃げるよガロ!!」
「えっ、逃げるって――」

まだまだ小さな弟だが、私もまだ小さく抱っこして連れていくことはできない。
状況を把握できていないらしい弟に説明する暇もなく、そのまま部屋を飛び出した。

一目散に玄関へと走りだす。
周囲はすでに色鮮やかな炎に包まれていた。普通の炎とは色が違う。すぐにわかった、ニュースで見るバーニッシュの炎だ。じゃあこれは、バーニッシュ火災。
火の手は信じられない速度で広がっており、小さな子供の身体で炎を避けながらどうにか駆けていく。
ガロ、ガロ! ガロだけでも助けなければ!
ふと、両親のことが頭に浮かぶ。彼らはまだ寝ているのだろうか、一瞬目線が両親の寝室へ転じかけ、意地でそれを止めた。
今は、彼らのことを考えている暇はない。

「熱いよぉ、姉ちゃん……!」
「大丈夫、もう出口だから!」

涙声を聞きながらも必死で走る。あともう少しだった。
玄関の扉をどうにか開けて、そのまま外へと飛び出す。
一気に冷たくなった空気と吸いやすくなった息に、どっと安堵が広がって、目の前にいた人に涙が出そうになった。
半ば投げつけるようにガロをその人に押し付けて、情けないことに足が止まらずに私もその人へと体当たりしてしまった。

「うわぁああん!」
「はぁ、はぁっ!」

隣から聞こえてきた泣き声に、ガロが生きているのだと実感する。
必死で息を整えて、酸素を吸い込む。全身からどっと汗が噴き出して、自分も生きているのだと感じた。
それに、じわりと涙が出てくる。よかった、生きてる、ちゃんと、今度は生きてるな、私。

同時に触れている体温に、飛び込んだ人を思い出す。
火災にまきこれたという事実に、頭が混乱していた。顔を上げて、その人を見る。
その途中で、その人の左腕がないことに気付いた。

見上げたその人は金髪で、酷く汗を浮かべていた。
歪んだ表情は目の前の炎を見つめていたが、私の視線に気づいたのかカチリと目線がまじりあう。

「(あ)」

真っ赤な瞳が苦し気に歪んでいる。
それで、思い出してしまった。意図的に忘れていたのか、無意識に忘れていたほうがいいと判断していたのか。明瞭に浮かび上がってしまった。

「(これ、プロメアじゃないですかぁ……)」

泣きわめくガロと、涙ぐむ私と、泣きたいのに泣けないクレイを見つつ、内心でそんな感想を漏らしたのだった。