- ナノ -
「ね゛え゛ぢゃ゛ん゛!!」
「おわっ!」

クレイの膝の上でおかえりという言葉を聞いて、実体をもって帰ってこれたのだと実感していたら青年のだみ声が聞こえて思わずビクリとした。
驚いて振り返ってみれば、青い髪の半モヒカンヘアーをした上半身裸のレスキュー隊がいた。

「ガロ!」

クレイの膝から飛び降りて、そのまま駆け出す。さっと膝を落としたその青年――ガロの腕の中に飛び込んだ。

「ねえちゃん、ねえちゃん……!」
「ガロ、一人にしてごめんね……!」
「う、うぁっ、うぇええっ、ねえちゃんんんん゛!」
「ガロ〜〜〜〜!」

ぎゅうううとしがみ付けば、同じく、というか痛いほどの力で抱きしめ返してくるガロに、申し訳なさとそれ以上の喜びを感じた。ガロ、私がお姉ちゃんだって分かってくれたんだね……! いなくなったのは随分昔だし、忘れられちゃってるかと思ったよ……!
ボタボタと涙が流れているのが分かって、伸ばした手でよしよしと頭を撫でる。大きくなった、大きくなったね。クレイの中から見てはいたけど、こうして抱きしめると成長したのがとてもよくわかる。昔は私の手に収まるぐらいだったのに、もう全然収まりきらない。むしろこちらがすっぽりと覆われてしまっている。
ずっと抱きしめ続けて、ガロの腕の力が少し弱くなる。
それに応じて顔を上げれば、ガロが顔をぐちゃぐちゃにして泣いているのが見えて昔を思い出して破顔してしまった。

「な゛に゛笑っでん゛だよ゛!」
「ごめん、ガロ、私がいなくなった時と全然変わんないから」
「変わ゛って゛る゛よ゛! ね゛え゛ち゛ゃん゛がい゛な゛く゛な゛って゛、どん゛だけ゛辛か゛った゛か゛分か゛って゛ん゛の゛か゛よ゛! し゛か゛も゛、ね゛え゛ち゛ゃん゛が家焼い゛た゛って゛、中学の゛時に゛そ゛れ゛見て゛、お゛れ゛、お゛れ゛……!」

濁声過ぎて何言ってるのか聞き取り辛い〜〜〜〜〜!
でも、言いたいことは分かった。そうだよね、辛かったよね。いきなり姉弟がいなくなって、しかもその姉が家を燃やしたかもしれないって言うんだから。でも、そうか。やっぱり知ったのは随分後だったんだね。クレイは記事を自分からは見せなかったんだ。

「ごめんね、ガロ。頑張ったね、いい子にしてたんでしょ。私知ってるよ。偉いっ」
「うう゛〜〜〜〜〜! ね゛え゛ぢゃん゛!!」
「ガロ〜〜〜〜〜!」

わーんそんなに泣かないでよ! 私まで泣けてきちゃうでしょ!
堪らなくなって、そのままガロに再び抱き着く。そうするとガロも同じように抱きしめ返してきてくれて、衝動が収まるまでずっとガロのことを抱きしめていた。



抱きしめて抱きしめて、ガロの涙を裾を伸ばして拭いてあげて。頭を撫でまくってあげた。
いや、私がしたかったからやった。ずっと抱きしめたかったし、涙が零れていたら拭いてあげたかったし、頑張ったね、凄いね、偉いねって頭を撫でてあげたかった。消えてしまってできなかったことを、そこでやってあげたかった。
でも、こんなに泣いてしまうとは思わなかった。それだけガロに想われていたと知って、喜んでしまったのは姉失格だろうか。

「鼻水とまんねぇ」
「ティッシュ持ってないの?」
「ねぇ」
「全くー、私も今持ってないよー」

流石にプロメアから実体になった今は服はあれどティッシュまでは持っていない。生身と服だけだ。ご都合主義もここまでらしい。
どうしようかと首を捻っていれば、横から差し出される高そうなハンカチ。
見上げてみれば、美少年がハンカチをこちらを渡そうとしてくれていた。
――リオ・フォーティア。完全燃焼でガロと共に地球を救った青年。なのだが、

(あの状況下でハンカチが無事、だと……!?)
「ハンカチですまないが使ってくれ」
「え、あ、どうも……」

色々信じられないことはあるが、とりあえずご厚意に甘える形でハンカチを受け取る。
そのままガロの鼻に押し付けて、はいチーン。と声を出せばガロが鼻を思い切りかむ。うお、威力が強いな。
すっきりしたらしいガロが、鼻と目は赤くしたままだが「もう大丈夫だ」と声をあげた。はいはい。

「洗って返すので……」
「いや、捨ててしまって構わない」
「あ、はい」

そりゃそうか。鼻水塗れだしな。
とりあえずそこらへんにソッと置いておく。高いのにもったいない。あとで偶然を装って取りに来るか。
そんなことを考えていれば、身体が浮いて驚きに声が出る。確認してみれば脇の下から掴まれて、抱き上げられていた。行き先は立ち上がったガロの胸の中で、少し滲んだ太陽のような笑みがそこにあった。

「もう離さねぇからな」
「どっかに行かないよ」
「俺が心配なんだよ」
「うーん」

そう言われてしまうと弱い。
高くなった視界の中に、美しい少年が目に入ってぺこりと頭を下げた。

「ハンカチと、あとガロのこともありがとうございました」
「ガロのこと?」
「うん。ガロのこと守ってくれて」

いやぁ、ガロがクレイザーXから落ちたり、クレイの火の中を進んでいた時は本当にドキドキしましたよ。今こうやってガロが生きているのはリオのお陰だし、本当に感謝しかないです。
軽いようだが、ちゃんと心からお礼を言えば、リオが目を瞬かせる。

「君はあの戦いの中にいたのか?」
「そうだよ。クレイの中で見てたの」
「クレイの中で?」

どういう意味だとガロが顔を近づけてくる。ちょ、近い近い。
掌でガロの顔を遠ざけつつ、そういえば誰にも説明してなかったなと思いいたる。あ、もしかして今の私の状況誰も分かってなかったりする?

「えっと、私はバーニッシュだったじゃない」
「……おう」
「初めて燃えちゃったときに、クレイにそれを見られて、どうしよう、消えたい!って思ったの」
「……」
「そしたら身体がこう、火の粉みたいになって、本当に消えちゃって……」
「……」
「その時クレイが手を伸ばしててくれたんだけど、掴めなくて」
「……」
「気付いたらクレイのプロメアと合体してました」
「…………………………」

うん。
色々言いたいことがあるのをどうにか抑えているのはわかるんだが、無言はやめてくれないかい。ガロ。
ガロがすさまじく渋い顔で、私を見てくる。口が一文字になって、納得いかねぇ。と聞こえてくるかのようだった。いや、私だってビックリしたからさ。
私が困っていれば、隣から質問が投げかけられる。

「初めて聞いたな。それは、元には戻れなかったのか?」
「戻ろうとしたんだけど、戻れなかったんだよねぇ」
「それを、あいつは知っていたのか?」
「話しかけたんだけど、言葉は聞こえなかったみたい。『生きてるよぉ!』って伝えたかったんだけどねー」

若干ガロの声真似をしてみれば、ガロにほっぺを引っ張られた。わーやめろー痛くないけどやめろ〜〜〜。
ソフトタッチで散々伸ばされて、やっとのことで解放される。

「なにすんのガロ」
「……姉ちゃんが悪い」
「酷い」
「……ごめん」
「許してあげる」

ちゃんと謝れたガロの頭を撫でようと思い手を伸ばし、ガロが昔と同じように目を閉じたのを見て、ちょっといたずら心が沸いて頭に伸ばしていた手をほっぺに進路変更する。
それからあんまり柔らかくなくなってしまった頬を掴んで両方に伸ばした。

「わ、ふぁんふぁよ!」
「仕返しぃ〜〜〜」
「ふぁふぇろふぉ〜」

やめろよ、と言っているみたいだが、言葉とは裏腹に表情は嬉し気だ。うーん、可愛い。私が(途中まで)育てた。
引っ張りまわして満足して、手を離してあげる。少しぶーたれた顔をされたが、それがわざと作ったものであるというのは昔のことを思い出せばわかる。
久しぶりの姉弟の空間に、心が温かくなる。ああ、ずっと望んでいた光景だ。弟はずいぶん大きくなってしまったけれど、私は小さなままだけど、それでも昔と変わらない。ガロは可愛いままだし、私は今こうしてガロに触れることができる。それ以上なんてものはない。