- ナノ -



『先輩のストレス発散のために必要な役割だから気にしてないよ。それより、また君に役割が行ってしまうと困るから、あまり俺に話しかけないようにしてくれ』

……だったかな。
あの頃はまだ山王に入学したてで、人としての感性があまりに欠けていた時期だったと思う。
だから、そんなセリフをどうにか身につけた笑みと共に淡々と述べた。返答にも興味がなくて、深津の様子も見ずにその場を離れた気がする。
そのすぐ後だったか、監督に呼ばれて問題はないかと聞かれたのは。今思えば深津が手を回してくれたんだと思うが、そこでの自身の返答もまた機械のようなものだった。
顔を歪めた監督を見て、何が悪かったのかと鈍い頭で考えてはみたものの、結局答えは導き出せずじまい。
その後その当たりの強さはなくなっていて、それから何かと深津達が世話を焼いてくれるようになった気がする。

そりゃあ、あんなこと言っていたら上下関係ガチ勢だって言われるよな。
扉を閉めたのを確認し、クソでかいため息を吐き出す。思い出すと本当に失態ばかりしでかしていて、頭が痛い。よく交流を続けてくれたよな、みんな。
一人肩を落としながら、とりあえず花道を探そうと顔を上げる。言い方が以前のままなら、意味もなく怖がらせてしまったかもしれない。一言謝りたかった。
よし、と方向転換すると、その先のそう遠くない廊下の角に見慣れた赤髪を見つけて目が丸くなった。

「花道?」
「う……」

大きな体を隠すようにして――隠れきれていないが――こちらを見ている。
しかし近寄ろうとするわけでもなく、なんだかモジモジとしていて、少し困惑しながらも近づいた。

「こんなところに隠れてどうしたんだ?」
「ぬ……松本サン、怒ってない……っすか」
「え、お、怒ってない。怒ってないぞ」

思わず焦りで口調が荒れそうになったのをどうにか抑えて首を横に振る。
すると彼がおずおずと身を隠すのをやめて前に出てきた。

「怒らせたと思った……っス」
「すまん。なんか、注意する時はあんな顔になっちまうみたいで……。怖がらせた、よな。ごめんな」
「んなことない、っす」

俺より身長の高い花道がこちらを伺う表情をしているのはなんというか、申し訳なくなる。
堂々としていてほしい、なんなら後ろから許可なく抱きつくぐらい。
しかしこうさせてしまったのは俺なので、なんと言えばいいのか。これで嫌われたくはないのだが、なんて弁明していいのかわからない。

「怒ってないから……。その、変わらず仲良くしてくれると助かる」
「……俺、まーくんと仲良くなりてぇ……っす」

花道はそう言って、あたりをキョロキョロと確認してから、小さく口を開いた。

「親父も、ずっと礼が言いたいって言ってて」
「親父さんが?」
「うす。それで、電話番号聞きたかったっスけど。昔のことは隠してるから、教えてくれないかもしんねぇって思って」
「……それで仲良くなろうとしたのか?」
「っす」

仲良くなれば電話番号交換も普通だもんな。
そうか、花道の行動にはそういう理由があったのか。
なら、とポケットに手を突っ込むと、ホテルのアメニティのボールペンが手に触れた。
監督との話し合いの時にメモ用に使って、そのままポケットに入れっぱなしだったが、役に立ちそうだ。

「手を出してくれ」
「手?」

言われた通りにしてくれた花道の手を掴んで固定する。大きな手なので、描きやすそうだった。
数字を書いていって、そうしてペンを持った手を引っ込めた。

「上のが俺の家電で、下のが寮の電話」
「電話……」
「花道にだったら、電話番号ぐらいもう教えるよ」
「まーくん……」
「だから、もし花道が良かったらまた話しかけてくれ」

こちらから声もかけたかったが、もしかしたら嫌かもしれないと卑怯な言い回しをした。
だと言うのに彼はパッと顔を輝かせて「おう!」と元気よく返事をしてくれたので、釣られて笑みがこぼれた。
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