- ナノ -



国体――正式名称は国民体育大会。さまざまな競技が行われ、その中にバスケも存在する。
年毎に開催される場所は異なり、今年は神奈川県だった。バスに乗り継ぎやってきた関東地方。神奈川といえば、引越し前の実家があったところで、思い出深い――というわけでもなく。
どちらかというと黒歴史の県であるし、正直記憶がはっきりしない。
惰性で生きてきたあの怠惰な日々は、記憶力も低下させていたようで、あまり神奈川でのことを覚えていない。ただ暴力を振り翳していた記憶だけが嫌に赤い血と共にはっきりしている。
なので一個人的には好ましくない県なのだが、秋田と比べるとあまりにも発展していて、それは素直にすごいと思う。バスから街を一望しただけでもいくらでも時間が潰せそうだと思ったが、そもそも監督が堂本先生な時点で余裕のある時間は限られているだろう。
国体はその県の代表的な選手が選ばれ、県ごとでの戦いとなるが、強豪校がある県は一校の選手だけで埋まることもある。秋田はまさにそれで、やってきたメンツも部活で見慣れた選手だけで、監督も我が校の堂本監督だ。冷静でありながら鬼教官。記憶を思い出す前までは彼に対して「尊敬すべき監督」以外の感情はなかったのだが、今になって思えばあの涼しげな表情の内に秘めたこれ以上ないほどの厳しさに背筋が凍る想いだ。恐ろしさというものをしっかりと感じられて、嬉しいやら何やら。でもそんな監督相手にサボる宣言して実家に帰ったんだよな……と思うと、我ながら大暴走したなぁと感慨深い。ほんの数週間前のことなのだが。

隣の席の沢北と話していればあっという間に時間も過ぎ、目的地のホテルへとたどり着いた。
かなり大きなホテルで、広い風呂場があるらしい。実は少し楽しみにしている。人が少ない夜にゆっくりと入れたら最高だろうなぁ。
国体が開かれる施設からも徒歩圏内と近く、利便性も良い。それからあまり意味はないだろうが、繁華街や駅にも近く観光にもいい場所だろう。そんな暇はないだろうが。

「あれは……」
「湘北……」

フロントに入った時、まさかのグループと出くわした。
インターハイ初戦、山王工業が敗れた因縁の相手――湘北高校。
目を引く赤毛の坊主頭と、背の高い厳つい顔のキャプテン、素早いポイントガードに、半分寝ているらしい美形の青年、そして悪夢のスリーポイントシューター。
まさか、こんなところで再会するとは。
確かに、国体の中で何人かと出会うことになるかもとは思っていたが、まさかあの試合に出ていたほぼ全員にこんなすぐ顔を合わせることになるとは。しかし、あの赤毛の青年――桜木選手は背中を痛めていなかっただろうか。もしや、もう治ったのか?
俺だけではないだろう、思わず俺たちが足を止めて視線を送っていれば、当然気づいた彼らの視線とかち合う。

「ぬっ、お前ら……」
「久しぶりだな、赤坊主」
「丸ゴリ! おめぇも参加してたのか……」
「そんなおめはどうなんだ? 怪我は平気なのか」
「うっ」
「うちの問題児は今回は欠席っすよ」
「ぐぬっ」
「応援に来ているだけだ。気にするな」
「んだとゴリ! 俺がいることが重要なんだろーが!」

フンスフンスと鼻息荒く仲間に突っかかる桜木を見て、確かにその通りだなと思う。あの優勝の足がかりは確かに彼がいたからだろう。さすが主人公、とでもいうべきか。いいや、それ以前に、彼の才能なのだろう。
沢北はどうやら、鼻提灯を浮かべていた流川を怪訝そうに見ているようだった。確かにあの顔に鼻提灯は面白いよな。写真撮りたくなる。
一際大きく膨らんだと思ったらパン、と音でも聞こえそうなほど見事に割れた。そしてその衝撃で下まつ毛が印象的な美しい瞳が開かれる。

「……お前」
「よぉ、流川」
「……なんでここにいる?」
「え?」
「アメリカ……行かなかったのか」

一人納得したように呟いた流川に、当然反応した沢北が「一時帰国だ!」と騒ぎ出してしまった。
二人とも顔がいいのにかっこいいのはどうしてコートの上だけなのだろうか。いや、今も顔の造形は美しいのだが、ギャグにしか見えない。
監督の方を見ると、こちらの状況は把握しつつも放置しているようだった。受付でホテルの手続きをしている。
河田はあちらのキャプテン――世代交代でもうキャプテンではないかもしれないが――と話し始めているし、深津はポイントガードの宮城を興味深そうに凝視していて、宮城はガンを返している。多分どっちも悪気はないというか、宮城のは反射だろうが、喧嘩の一歩手前にしか見えない。
三井はこちらを全体的に見て「ふーん」みたいな顔をしているが、こちらを見ないでほしい。それとなく目を逸らすのも大変なんだ。彼のことは別に嫌いじゃないし、SLAMDUNKのキャラクターでもお気に入りの方だが、インターハイでの試合が試合だったので普通に会話はできそうにない。いや、心を殺せばできるけど。
しかし、同じホテルとなると泊まっている間に顔を合わせることもあるかもしれないのか。
SLAMDUNKファンとしては嬉しいような、複雑なような。
そんなことを目を逸らしながら考えていると、体にかかる謎の影。

「ん?」
「……おめぇ」
「な、なんだ?」

首を捻った先、そこにいたのは赤坊主――桜木花道だった。
うわ、生の主人公だ。すごい、迫力がある。眼光がすごい。かっこいい――ではなく。
なぜ俺はこんなに近寄られているのだろうか。俺は彼とは特に試合中でもマッチアップをしたこともなく、会話もなかったはずだが。というか、桜木は俺を認知していたのか。
色々な驚きを覚えつつ、用を尋ねてみると彼は眉間に皺を寄せながら顔をぐぐいと近づけてきた。思いっきりガンくれてるようにしか見えない。

「おめぇ、どっかで……」
「みんな、用意ができたぞ。交流もいいが、そろそろ行くぞ」

まさに鶴の一声。緩んでいた空気が締まり、皆が監督の方へと視線を戻す。もちろん俺もだ。
監督の指示に従い、それぞれ荷物を持って動き出す。河田も一声かけてその場を離れた。

「……じゃあな」
「あ!」

なんとなく何も言わずに行くのも勿体無いと思い、それだけ声をかけて歩き出す。遅れて気づいた桜木が声を出していたが、なんだったのだろうか。顔にゴミがついていたとかかな。

「一之倉、俺の顔になんかついてるか?」
「ついてないけど。松本、さっきの一年と知り合い?」
「ん? そんなことはないが……なんでだ?」
「なんとなく」

どうやらゴミはついていないらしい。それはよかったが、知り合いだって?
俺と主人公が……全く覚えがない。もしかしたら、誰かと間違えたとかだろうか。だったらその取り間違えに感謝だ。あんな間近で彼を見られることなんて早々ないだろう。
少し機嫌が上がるのを自身で感じつつ、国体が楽しみになってきた。当然、優勝するけどな。
| #novel番号_目次# |