- ナノ -


拾玖


前半はこちらが十点上回る形で終わった。そのまま出ずっぱりだった前半戦。後半戦になって、沢北がコートへ戻ってきた。
一之倉との交代。沢北はまるで手強い相手選手を見るように強い目線を向けた。

「……怪我人に負けませんからね」
「んだよそれ」

軽く肩を小突くと、思ったより強かったのか沢北がたららを踏んだ。
再びきっと睨まれたが、子供が拗ねているようにしか見えない。そんな彼を見て目を眇める。
今までこんなことはあり得なかった。彼を小突くなんてしたことがないし、それもコートの上で。ただの仲間のようだ、ただの友人のようだ。
一人で突っ走るようなドライブも、シュートも、スラムダンクも。
これまでは必要な時に必要なことをしてきた。全て理性の上に立っていた。それらとは全く異なる。
ああ、この高揚が、ずっと続いてほしい。

「行こう。絶対に勝つぞ」
「当然っすよ」

沢北は後半戦からフルスロットルだった。
前半の俺の活躍が霞むぐらいのスーパープレイに、既に温まっていた会場がさらに盛り上がる。
高校生とは思えぬアグレッシブな動きに、美しくゴールへ向かうボール。
ああ、こんなプレイをいつも同じコートで見ていたんだと今になって思う。
調子のいい沢北へボールを集める。だが、時折真っ直ぐに俺にボールが飛んでくることがあった。
ノールックで渡されたボールに、しかし訳は理解できた。何せ俺もすこぶる調子が良かったのだから。
ゴールまで進み、相手を抜いていく。そして最後のシュートを決めるときに、相手の選手の肩が思い切り当たった。
デフェンスのためのブロックだったろうが、こちらのシュートが先で、相手が飛び上がったためそのまま追突した。体格が相手の方がよく、そのまま地面へと転がる。シュートは――決まった。
審判が相手選手へバスケットカウントを取る。シュート中のファウルはフリースロー二本が与えられる。なんとなくあのインターハイを思い出した。あの時はどんな気分だったろうか。今はすこぶる、胸が躍っている。

「松本さん!」
「ああ、フリースローだな」
「それより……っ」

走ってきた沢北が、ついさっきまでとは打って変わって顔色を悪くしていて首を傾げる。
不安げに差し出された手に、そういえば少し肩の当たった箇所が痛いなと思う。
不思議だ、殴られ蹴られのアザは全く痛くないのに、名誉の負傷は痛みを感じる。
なんだか余計に愉快になって、手を借りずにヒョイと立ち上がった。

「フリースロー、な」
「……」

口を噤みはしたものの、未だ留守番が不安そうな子供の顔をしていた沢北は、しかしそのまま定位置へと歩いていった。
審判からボールを受け取り、ゴールに狙いを定める。少しだけ胸が高鳴って、緊張しているのかもしれないと思った。
緊張、緊張か。
一本目、手から離れたボールはストンとゴールへと入っていった。
一点が入り、次は二本目。
ドキドキと鼓動を刻む心臓に、心地の良さを感じる。
生きているって感じがする。

二本目は、ネットを揺らす音だけを残した。仲間たちとハイタッチをして、その後に立ち尽くす沢北を見やる。
目元だけで笑ってやれば――彼は目を鏃のように尖らせ、一気に本調子へと戻ったようだった。
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