- ナノ -


拾捌


まぁ――予想通りめちゃくちゃ驚かれた。
「なんで松本がいる!?」という監督の叫びから始まり、口々に松本!? 怪我は!? 何があった!? と声をかけられて実家に弾丸で帰った時を思い出した。
とりあえず沢北は準備をすることになったが、俺の処置である。自身としてはコートに出たい、体に異常はないと伝えたが監督の反応は良くなかった。それはそうだろうと思う。喧嘩して意識昏倒したのだから、そういう反応にもなる。
ここで監督に断られたら、どうすることも出来ない。コートには出たい、体も問題ない。けれどそれは俺の自己判断でワガママだ。
そもそも、自分を標的にされてリンチされた時点で、出場を断られても仕方がない。それも、自分の過去の行いのせいだ。

「親御さんの許可は貰ったのか」

なので、そう聞かれた時に想定外の方向からの質問で虚をつかれた。

「なぜ親の許可という話が出てくるんですか……?」
「なぜって……いや……何……? 一応聞いておくが、どうやって病院を出てきたんだ?」
「止められると思ってバレないように出てきました」
「……………………なるほどな」

監督はこれ以上ないほど深いため息を吐くと――最近人にため息をつかれてばかりな気がする――少し電話をしてくる、と言って席を外してしまった。
しかし、そういえばユニホームとかはカバンに入れっぱなしじゃないか? ホテルにあるとしたら走っていってギリギリ間に合うぐらいだろうか……。

「松本、これ」
「え、俺のカバン?」
「一応軽傷って聞いてたから、もしかしたら目を覚まして途中で見に来るかもと思って。来るんだったら荷物あった方がいいかもねって話してさ」
「……ありがとう」

一之倉から差し出されたボストンバックを受け取る。しっかりとした重みと同級たちの気遣いに思わず笑みが浮かんだ。予備のジャージも入れていたはずだし、これでこの格好ともおさらば出来る。

「にしても本当に何があったピニョン」
「喧嘩に巻き込まれたのが?」
「巻き込まれたというか、俺のせいというか……」
「俺は沢北から、松本が不良から逃がしてくれたって聞いたけど」
「っていうか本当に大丈夫なんですか? 頭とか……」
「全然平気だって。見た目が派手なだけだから。あと、逃がしたというか俺が逃げ遅れただけだよ」
「それ派手ってねぇ……」
「逃げ遅れたピニョン? 転びでもしたピニョン?」
「ああ、そうそう。転んだんだ」
「いや、鉄パイプ投げつけられてましたよね!?」
「は? 鉄パイプ……?」
「不意打ちでちょっと……恥ずかしいからあんまり言わないでくれ沢北……」
「恥ずかしいっていう話じゃねぇべ」

河田につっこまれて、それもそうだと思う。どうも自分が当事者になると過去の経験と比較して些事に感じてしまう。
しかしあそこで転ばなければここまで迷惑をかけなかったのも事実なので、反省すべき点ではある。
色々と質問をされて、それをなんとなくぼやかしつつ答える。沢北が横で怪我の具合を酷めに説明しようとしてくるので少々大変だった。だから見た目だけなんだって。全然痛くないし。

「心配しすぎだって、な? さっきも走ってたろ?」
「そうですけど、分かってますけど……だってその頭の傷も――」
「松本」
「はい」
「親御さんから許可が出た。様子を見つつだが……試合に出てもいい」
「!」
「だが必ず私の指示に従うように。分かったか?」
「はい!」

飛び跳ねそうになるのを堪えて返事をする。
隣で沢北が苦々しい顔をしているが、監督が良いと言ったら出ていいと言ったのは沢北だ。
皆に遅れてユニホームに着替えようとすれば、沢北が慌てて止めてきた。

「ちょ、ここで着替えるんですか?」
「ここしか着替えるところないだろ」
「いやだって……下やばいですよ……」

そう言われて、服の下のアザのことを思い出す。痛みがほぼないから頭から抜け落ちていた。確かにこれを見られたら、監督に止められるかもしれない。
少し考えて、野辺と河田に声をかける。

「すまん、ちょっと壁になっててもらっていいか?」
「壁? いいけどなんでだ?」
「なんかあんべ?」
「ちょっとだけ傷が痛々しい所があって、あんまり見せるもんじゃないから」
「痛々しいどころじゃないですけどね……」
「ははは」

沢北の言葉を笑って誤魔化しつつ、二人を誘導して壁を作ってもらう。
寒くなると思ってインナーを持ってきてよかった。けれど流石にロングは持ってきていないので、結局少しアザは見えてしまいそうだ。テーピングで隠せるだけ隠すか……。
インナーを着てユニホームに着替える。テーピングをする時に、一人だと傷を隠し忘れそうだと二人の肩を叩いた。

「どした?」
「すまん、アザのあるところ、隠れるようにテーピングして欲しいんだが」
「隠れるようにって……え、うわ、何これ」
「見た目だけなんだけど、流石にデカいのあると目立つからさ」
「……おめ、本当にこいだげか?」

睨まれるように見つめられ、頭をかく。これだけだと嘘をつくのが手っ取り早いだろうが、それで幻滅されたくはなかった。

「ユニホームの下もある」
「……」
「けど痛みは無い。薬でとかじゃなくて、ホントに。体の動きにも違和感はない。いつもの動きができると思ったから来たんだ」
「……松本さ、真面目すぎない?」

黙った河田の代わりに尋ねてきた野辺に、テーピングを握りながら答える。

「真面目じゃない。ただこの試合に出たいだけなんだ。皆と一緒に」
「……はぁ、そんなの何処で覚えでぎだ」
「?」
「いやー……あの松本からこう言われちゃうと……」

またため息をつかれてしまった。野辺もどこか困った様子だし、やはり怪我の見た目が良くないか。
やってもらえないなら仕方がない。自分で巻こうとしたところで、手からテーピングを取られる。

「腕だせ」
「んじゃ俺は足やろうかね。椅子持ってくるか」

野辺が椅子を持ってきてくれて、そこに座らせてもらう。流石に慣れたもので、テキパキとテーピングをしていってそれなりの格好になった。

「まー、完全に故障した選手だけど」
「んん……確かに」
「頭にガーゼあるからな」
「見た目だけだから」
「さっきからそればっかり言ってない?」

しかし本当に見た目だけなのだ。血は止まっているし、本当はガーゼを剥がしてもいいと思うのだが、流石に傷口が綺麗に治っている訳では無いので付けているだけだ。しかし多めの流血を伴う怪我が頭だけで良かった。頭は腕や脚とは違って曲がって皮膚が伸びないから、傷も開かない。
二人に礼を言って、他のみんなにも用意ができたと告げる。

「交通事故にでもあった後みたいだよ」
「それ本当に大丈夫かピニョン」
「松本さん、絶対無理しちゃダメですからね!?」
「分かってる。大丈夫」

任せろ、とその場で胸を力強く叩くと、沢北が白目を剥きそうな顔になった。イケメンが台無しすぎてビックリした。
沢北に喚かれながら、ようやくウォームアップのためにコートへ出る。かなり短い時間しかできないが、それで十分だ。

ウォームアップのためにコートへ赴くと、やはり決勝戦だけあって観客は多かった。
俺がでてきた時に、やはりそれなりに怪訝そうな声が聞こえて苦笑いをした。俺もこんな選手がでてきたら何があったのかと不審に思う。
だが、それよりも耳に届いたのは自分達のコート側、最前列に居座った青年たちの声だった。

「まーくんなんでいんだ!?」
「え!? 運ばれたよなあの人!?」
「不死身かよあいつ……」

動揺と混乱、そしてドン引きの声。
顔をむけてみれば、そこには花道と宮城、三井と他の湘北の面々。そして神奈川の選手たちが集まっていた。
後で三人には礼を言っておかなければ。それから鉄男にも。
花道と宮城が騒ぎ、他の面子はやはりこの姿にそれなりに驚いているようだった。みれば桜木軍団も見えて、オールメンバーだなと内心で呟く。

「ほらッ、あれが普通の反応ですからね!?」
「はは、頑丈で良かったよ」
「そういう問題じゃないっすよ……!」

隣で沢北が必死に主張してくるが、そうは言っても試合には出るのだ。笑って流し、軽く筋肉をほぐしてからボールを手に取る。
手に吸い付く感覚に、ようやく戻ってきたような、随分久しぶりに触れた気になる。
俺は山王バスケ部の部員の一人。鉄パイプや握った拳ではなく、これが俺の武器で、ここが俺たちの戦いの場所。


前半戦は沢北と変わりつつ、相手チームと俺のプレイの様子見といった流れとなった。
しかし何より――沢北が集中できていなかった。彼のたどり着く視線の先からして明らかに俺が原因だった。そのため調子が出ずに、俺のプレイではなく沢北の調子の悪さゆえに何度か交代となった。

「松本、責任とれピニョン」
「もちろん」

沢北を動揺させた非は当然俺にある。それならば、プレイで問題ないと見せつけなければならなかった。
スーパーエースが高校生最後の日本試合で無様な姿を見せさせるわけにはいかない。
しかし、俺は沢北とは全くの逆だった。――絶好調。
相手の動きはいつもより良く認識でき、仲間との意思疎通が信じられないぐらいにうまくいく。
相手選手をすり抜けてシュートを決め、スリーも入る。極め付けはスラムダンク。
揺れたゴールと触れた金属の感触に、手を開け閉めして感覚を反芻する。

「平気?」

近くに来ていた一之倉が、手を見つめていた俺に聞いてくる。
首を横に振って、答えるために口を開く。耐えきれずに笑いがこぼれた。

「すげぇ楽しい」
| #novel番号_目次# |