- ナノ -


拾陸


日差しの柔らかな眩しさが、瞼に降り注ぐ感覚に脳が覚醒し始めた。
目覚ましが鳴る前。誰かの声も足音も聞こえない。どうやらまだ起床時間ではないようだった。
流石に国体の決勝戦だから、少し緊張しているのだろうか。何せ、沢北と一緒にコートに立てる最後の試合だ。
少しだけ首を動かすと、どこからかツンと鼻腔を刺激する匂いがした。アルコールのような、でも不愉快じゃない匂い。
そういえば、沢北といえば嫌な夢を見た。
彼と一緒に祖母を駅まで送って行く。そこまではよかった。けれど帰る時になって、不良たちに絡まれてボコボコにされる夢。
まだ、それも良いだろう。けれど最悪だったのは、その現場に沢北が現れて――。

「……松本さん?」

聞こえてきた声にいやがおうにも瞼が押しあがった。
白を基調とした部屋に、カーテンから柔らかな日差しが降り注いでいる。鼻をつく匂いは、自分のあちこちから漂っていて、寝ている場所はホテルの布団ではなく、病院のベッドだった。
そして、俺を見つめる後輩がいた。
ああ、失いたくないと思ったら、失うように人生はできている。

「さわ、きた……」

見つめてくる無垢な瞳に胸が裂けそうな痛みを感じて、見ていられずに手のひらで顔を覆った。
視線から逃れるように体を捻る。

「ごめん」
「え……」
「巻き込んで、怪我させちまった。俺のせいだ、全部」

ただの事実なのに、口に出すたびに鋭い痛みが走ってひどく苦しい。
こんな正しい謝罪をしたくない。自分が悪いと認めたくない。
ただ、顔を見て、頭を下げて、許してほしいと乞い願いたい。
そんな資格なんてないのに、嘘をついて巻き添えにさせて、怖い目に合わせてしまった。

「あの。ねぇ、ねぇって、松本さん」

沢北がかける声が重なると共に、肩を揺らされる。目を向けたくない、あの夜に目にした瞳をされていたら、もう二度と彼の顔を見れそうになかった。

「俺、あれぐらいで松本さんのこと嫌いにならないですよ」

そう告げて肩を揺らさず撫でた後輩に、つい期待するように肩がはねた。
期待、したい。しても、良いのだろうか。嫌いにならないと言っていた。俺と違って嘘は、あまりつかない素直な青年だった。
そっと顔に貼り付けていた手を落とす。体を少しだけずらして、横目で彼を伺えば、不安げに寄っていた沢北の眉が、ふわりと解ける。そうかと思えば、パッと眉が上がり、目を眇めて言う。

「ガキ見てぇな顔」
「……うるせぇ」

先輩の威厳、と言うのをどこかで思い出して、そう悪態をついたけれど、それより何より、彼が笑ってくれたのが嬉しかった。
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