- ナノ -


拾壱


三日目の試合に宮城はポイントガードとして登場した。
牧とは違う自ら素早く前へ進むPGで、試合の流れは大きく違っていた。それに相手側は対応しきれずに、アップテンポになった流れのまま神奈川が勝利した。牧の力強さとは異なる、こちらもいいPGだと思う。試合が面白くなるタイプだ。
試合後、宮城は何かを探すように会場を見回していた。なんとなく、特に意味はなかったがその視界に入るように背筋を伸ばした。いや、意味はないんだが。
秋田も試合に勝利。明日は準決勝の戦いとなる。
その中で、秋田と神奈川はぶつかる。

スタメンに俺は選ばれ、宮城も最初からの出場だった。コートで見る姿は客席からの姿とはまるで違う。あの夜の公園とも。
大きくなったんだな、リョウタ。
筋肉もまだ付いていない子供だった。どこか寂しそうな面持ちをしていて、けれどバスケをしている時は真剣そのもので、バスケが好きなんだとかつての俺でもわかった。
あの時とはまるで違う、成長して、バスケもさらに上手くなっている。その表情にも、真剣さと、自信が満ち溢れている。
俺も、変わった姿を見て欲しいな。

結果は、秋田の勝利――つまり、俺たちの勝ちだった。
得点差は僅か。最後の最後まで追う側が入れ替わり、激しい戦いの末勝負が決まった。
まだ準決勝だというのに、決勝のような白熱した勝負だった。コートから出て、仲間たちと勝利を分かち合う。まだ最後じゃないが、喜んだっていいだろう。なんせ彼らが相手であり、白熱の戦いを制したのだから。

ロッカールームで着替えを終えて、皆揃ってホテルへと向かう。
競技場から出る前のエントランスで、偶然神奈川の選手たちと鉢合わせした。

「いい試合だった」
「いい経験になったピニョン」

牧も後半にPGとして出場し、深津とやり合っていた。一進一退の攻防は流石全国区の二人と言ったところだろう。
しかし流石に他のメンツは敗北した相手と話す気にならないらしく、少し距離を開けていた。その中で、何か忙しなく動いている青年を見つける。花道だ。
彼は俺と視線があうと、突然走り出し目の前までやって来て、ガッと手を取ってきた。

「まーくんちょっと来てくれ!」
「え!?」

言葉をかける暇もなく引きずられるようにエントランスの端まで連れていかれる。実際ちょっと足が追いつかなくて引き摺られていた。一応怪我の治療中なんだから下手に負担になりそうなことしないでくれ花道……。
風呂場のことを少し思い出しつつ、慌てた様子の花道に声をかける。

「どうしたんだいきなり」
「ふぬ……それが、りょーちんがだな」
「りょーちん……宮城のことか?」

宮城のことを確か花道はそう呼んでいるんだったか。
しかしここで宮城の話題が出るとは。何かあったのだろうか。

「実は試合が終わってから元気が無さそうでな」
「元気がない……。試合に負けたからとかじゃないのか?」
「ぬ! 次は絶対に勝つ!」
「俺も勝つよ。で、違うのか?」
「ふぬ……どうやら違うみたいでな。訳を聞いてみたら試合を見に来るって約束を破られたって言っててよ」
「約束……」
「相手は神奈川にいた不良で、フードがトレードマークのマツってやつって言うから」

約束をしていて、神奈川にいた不良で、フードがトレードマークのマツ。
そんなの一人しかいない。俺のことだろう。
しかし、約束を破った、か。

「けどまーくんは試合に出てただろ? 見に行けるわけねぇし、けどりょーちんになんて言えばいいか分からんし……」

花道には過去のことは秘密にしてもらっているから、それをしっかりと守ってくれている。
しかしだからこそ真実を宮城に言えなくて困っている。ということだろう。
約束を反故にされた仲間を慰めたいが、そう口にはできない。事実を知っているだけに口惜しいだろう。

「約束したのか?」
「ああ、数日前にな……」
「試合に出てちゃ見れんだろう」
「神奈川戦は全部観にいってる」
「けど、りょーちんはまーくんのこと知らんし……」

それは、その通りだ。
あの大衆の中で俺を見つけ出す確信があったのか分からないが、宮城は俺が観にいっていないと考えているらしい。
宮城には連絡先も伝えていないし、彼の誤解を――ある意味では誤解ではないんだろうな――解くことはできない。そう俺が選んだからだ。
過去のことを知っている奴は最小限の方がいい。俺イコールあの不良野郎と合致させないのが、一番安パイだ。知らないことは他にも伝わらない。
自分のエゴのためだ。だが墓まで持っていくと決めた。俺は何よりも、今が大事なのだ。
バスケがあって、仲間がいて、その絆を大切にしたい。
バレたくない、嫌われたくない。

つい、視線がみんなの元へ行った。深津は牧との話が終わったらしく、俺たちを待っているようで彼らからの視線も感じた。
深津が無表情でこちらを見つめているが、あれは実は急かしている顔だ。他のメンツは花道が俺に懐いているためと考えているのか、またか、という呆れた視線に見える。唯一あからさまに顔を歪めているのが沢北で、唇を突き出してじっとこちらを睨んでいる。
早く行かないと、迷惑をかけてしまう、沢北が不機嫌そうで機嫌を直させるのが面倒そうだ。早く行ってやらないと。

「まーくん」と至近距離で声が聞こえ、目線を向けずに「なんだ?」と応えた。

「まーくんは、りょーちんのこと嫌いか?」

つい、視線が移った。
花道の背後の、あのグループの中だと小さな背丈の青年。
彼はつまらなそうに遠くの地面を眺めていた。
そして、何かを探すように手首を握るように触った。

――嫌いなわけがない。誰のおかげでバスケに出会えたと思っているんだ。

やめてくれ、俺を急かさないでくれ。そんなすがるような目をしないでくれ。不機嫌そうな目で見つめないでくれ。
不可解そうな目を外してくれ、呆れないでくれ、期待などしないでくれ。
俺を見るな。俺に求めるな、俺は、俺はそんな人間じゃない。薄汚くてエゴに塗れていてゴミクズのようで――。

グゥ、と喉で息がつぶれる音が鳴った。
全てを振り切るように短い髪をガサガサと掻いて、肩にかけていたバッグを乱暴に漁る。
見つけたノートを取り出して、後ろの白いページをバリッと切り取る。同じく取り出したペンの先を出して、乱雑に数字を書きつけた。

「後でリョウタに説明頼む」
「……! お、おう!」

ゴミ見たいな紙切れをポケットに突っ込み、バッグのチャックを閉める。
顔を両手で叩いて、それから早足で神奈川の選手たちのところへ進んでいった。

「宮城」
「え? ……山王の。なんすか?」

明らかにテンションが低いですよ、と主張するような青年を見つめる。
周囲には当然他の選手たちがいて、何事かとこちらを見ている。ああ、くそ。こんなの本当に、柄じゃないってのに。こんな時フードさえあれば隠れられるのに。

「名前は松本稔」
「は?」
「手出せ」
「はぁ?」

眉が歪むのを確認して、もう面倒だからと手首を掴む。先ほど触れていた、気に入らない方の腕。

「は、なんだよ――」
「これ、電話番号。上が家電、下が寮だ」
「あ?」
「それから神奈川戦の試合は最初から全部見てる」
「マジで意味が――」
「最後はコートの上。十分だろ、約束は守った」
「だから何の、」

そこで、言葉が途切れた。いや、ただ掠れて聞き取れなかっただけかもしれない。
瞠目した目元が丸くて、ポカンと開いた口元が緩く、途端に子供っぽく見えた。
それにホッとして、落ち着いて最後の言葉を伝える。

「『これまで』のことは口にしないでくれ。じゃあ」

即座に方向転換をして、キュ、とシューズの音が鳴る。そのまま小走りに駆け出そうとしたところで後ろから声が聞こえた。

「マツ、っもとさん、あ、ありがと!」

少しうわずった声に、どんな顔で言っているのだろうと気になって後ろ髪を引かれる。
だが目の前には思い切り怪訝そうな顔をした仲間たちがいたので、後ろ手に手を振るだけで返した。
背後から花道に嬉しそうな声が聞こえる。後処理は頼んだ。本当によろしく頼む。

「待たせてすまん! 行こう」
「先に説明するピニョン」
「なんすかアレ!? 相手チームにナンパっすか!? 見損ないましたよ松本さん!!」
「ナンパじゃねぇ! ほら、時間押してるだろ。行くぞ」

前に出てきた二人の肩を掴み、方向を変えつつ背中を押す。
実際時間が過ぎているのは確かだ。この後次の試合に向けての監督からの指示もあるし、間に合わなければ連帯責任だ。
それは深津もわかっているので、ジト目でこちらを見ながらも前に進み、沢北は言われて思い出したのか慌てて歩き出した。
施設の外に出て、押さなくとも歩くようになった二人の横に並んでホテルへの道のりを進む。

「それでなんすか。ナンパっすか」
「だから違うって」
「じゃあ何ピニョン? 宮城は選手ピニョン」
「……少し前に、ランニングの時に会って……」
「会って?」
「あの、宮城が出てる試合を見る約束をしたんだ」
「はぁ? なんすかそれ、宮城が言ってきたんすか?」
「いや、まぁ、なんか、流れで。けど、あんま交流するつもりはなかったからその場はそれぐらいで」
「へぇーピニョン」

感嘆符にもピニョンつけるのかよ。
いつの間にか場所を移動して隣にきた深津。元から隣にいた沢北。なぜか二人に挟まれる形になって何だか窮屈に感じる。
変な汗が滲んできて、耐えられなくなってその場から走って離脱し、一之倉と野辺の間に無理やり挟まった。

「うわ、びっくりした」
「松本が逃げてきた」
「そういうことでいいからここに居させてくれ」

あの二人の間にいると延々と追及されそうで怖い。
俺が居なくなった隙間に今度は河田を連れ込んで、二人はブーブー文句を言っている。

「山王バスケ部としてあれはどうかと思うピニョン」
「別に交流関係は松本の勝手だべ」
「可愛い後輩枠は俺がいるのに、松本さんなんでよりにもよって他校の選手にちょっかいかけてるんですか!?」
「俺に聞くな。あとおめがめんけ後輩枠ってのは思い上がりも甚だしい」
「酷い!!」

三人のやり取りを聞きながら、大きなため息が出た。
はぁ……気が重い……。
| #novel番号_目次# |