- ナノ -



ランニングについて行きたい、という花道を怪我が治りきっていないから、と説得して一人で外へと出た。
俺も本当は花道と一緒に行きたかったが、どれぐらい彼の怪我が治っているか、どこまで動いていいかも分からない状態で運動させるのは流石にダメだと判断した。
国体中にもまた会おうと約束をして別れた。次があるということの、なんと嬉しいことだろう。
以前の俺だったら考えられないことだ。

外は思ったよりも寒く、フードを深く被る。周辺の地図は確認してきたので、ホテル周りのルートは考えていた。
体を解してから、ゆっくりと走り出す。
秋田とは違う夜でも明るい光景に目を向けつつ、シューズが地面を蹴る音を聞きながら足を進めた。

「ちょうど半分ぐらいか」

地図で目印にしていた公園を見つけて、中へと入る。想像通り時計台があり、針の時刻は十時二十分。ホテルを出たのが九時五十分あたりなので、三十分経過していた。
ここからの距離はおよそ半分で、ホテルに戻る時間は十時五十分。深津から言われた時間には充分間に合う。
風呂に入る時間も欲しかったが、それは早起きして入ることにしよう。
時間を確認し、公園から出ていく。ちょうどその時に、同じくランニング中らしき青年と鉢合わせした。
避けて通れば良かったが、その特徴的な髪型に知っている人物だと気づいて足が止まる。
ツーブロックに、緩いウェーブのかかった髪。ホテルに来た時にも見た、宮城リョータだった。
彼もランニングをしていたのか。道が重なるとは偶然だが、いつまでも見つめているのは失礼だと目線をそらす。
そのまま脇を通り過ぎようとして、声がかかった。

「ま、待って」
「?」

思ったよりも小さな声。だがここには俺と宮城しかいないのだから、当然彼が発したのだろう。どうしたのだろうか、と視線を戻せば、どこから不安げな――幼く見える表情をしていて驚く。
ど、どうしたんだろう。まさか何かあったのだろうか。

「あんた、マツさん、だよな」
「……松?」

えーと、たしかに俺は松本という苗字なので、短くすると松にはなるとは思うのだが。
え、もしかして湘北だと俺って松って呼ばれてるのか? なんというか、四文字だし全部言って欲しいと思ってしまうのは贅沢だろうか。
まぁ呼び方に文句をつけても仕方がない。小坊主でなかっただけいいかと頷く。

「っ、やっぱり……! あの、俺の事覚えてる? 四年ぐらい前に、コートで……」
「コート?」

え、待ってくれ待ってくれ、四年前? コート? なんのことだ宮城、俺たちそんな前にあったことなくないか? だって四年前って言ったら宮城はまだ高校生になってないだろうし、俺だってまだ――まだ、神奈川に、いたし。

「………………」

いや、えっと、もしかして。
宮城が言ってるのは、不良の時の俺のこと……?

「四年、前」

中学生の少年、バスケットコート。
茶色のボールの扱い方など知らず、言われるがままに跳ねさせる。ゴールに入れるのだと言われ、放り投げたボールはゴールの縁に当たって跳ね返った。それを少年が取って、筋がいいよ、と口にする。

「――リョウタ?」
「ッ、そう!」

体を跳ねさせて、拳を握って肯定した宮城に、フードの奥で血の気が失せるのを感じた。
いや……なんで忘れてるかね……俺。
| #novel番号_目次# |