心の準備ができていない
いつもと変わらず、わたしが雑巾がけをしていたときだった。
妙に城内が騒がしく、そして忙しい様子なので、女中頭さんに何事かと問えば、ある国のお姫様が来る、とだけ仰った。
お姫様…?不思議に思ったわたしは松寿丸くんの元に行ったが彼はいなかった。
それから、松寿丸くんがいない間、わたしは彼の部屋を掃除したりしていた。
そして日が傾いてきた頃だった。不機嫌な様子の松寿丸くんが、部屋に帰ってきたのだ。
「松寿丸くん!おかえりなさい」
今までどこに行っていたのか、とか気になることは多々あるが、彼がわたしにわざわざ話さなければいけない理由はないので、聞かないことにした。
彼はわたしをちらり見ると溜め息を吐いた。
「我はあのような女、嫌いだ」
「…え…?」
女ってなんだ。わたしのことか。そう思い、眉を潜めたが、そんなことはないと気づき、松寿丸くんを見つめた。
「今日、我に婚約を申し込みに女が来た」
「…あ…」
女と言うのはあのお姫様のことかな。失礼な言い方をする松寿丸くんを見る限り、彼は彼女との結婚が嫌なのだろう。
「葉子、我はまだ正室などいらぬ」
「……」
「我はまだ元服もしておらぬ」
彼は本当に不機嫌そうな顔をしてわたしを見た。元服ってなんだろうとか思ったが気にしないようにしよう。
「松寿丸くん、その人もきっと良い人だよ」
そんなことしか言えないが、彼女だって松寿丸くんのお嫁さんになりたいと思ってここに来たのだ。きっと松寿丸くんのためなら…
「莫迦者。結婚など名ばかりで目当ては国同士の同盟関係。あの女も捨て駒だ」
だから嫌なんだ、と言わんばかりに松寿丸くんは眉間に皺を寄せた。
「でもわからないよ、もしかしたら…」
「黙れ!………我は貴様にそのように言ってもらいたいわけではない…」
苦しそうに拳を握った彼。わたしは…どうしたらいいのだろう。
「…葉子が良い…」
「……?」
「我は葉子のような女を正室にしたい」
小さな声でぽつりと呟いた彼。小さな声ではあったが、わたしの耳にはしっかり聞こえて、驚いて目を見開いた。
「…いや、葉子が我の正室になればよい」
「えぇ?!」
彼は納得したような顔をしたが、いやいやちょっと待ってくれ。わたしが松寿丸くんの正室なんて、無理でしょう!