君の周りにいたけど
「…逃げない、って何です、か…?」
「…それ、は…っ…!」
「お二人さん、とりあえずここ廊下だし」
そろそろ人が集まって来たことに、そうだな、と幸村くんはわたしから手を離した。
「あ、幸村くん、おはよう!」
と、集まってきた幸村くんファン(?)の方々に幸村くんは連れて行かれてしまい、佐助くんは苦笑しつつ、何故かわたしを屋上に連れて行った。大事な話ってことだろう。
「…壱子ちゃんさ…」
「……なんですか?」
「もしかして、旦那のこと好きだったりする?」
「…はい…?」
急に真面目な顔をして、わたしを見た佐助くんに何か衝撃を受けた。好き、って何だ。たしかに友達としては好きです。けれどそれが好意かどうかはまだわからなくて、少し困った。
「さっき旦那に抱きついたのって旦那のことがさ、」
「好き、だから…?」
「うん、違うのかな」
佐助くんの困ったようなそんな顔が写る。好きとか、そんなこと考えたこともなかった。幸村くんは幼なじみで、小学校の頃以来に会った大切な友達で、
「今まで旦那の我が儘きいてたのも旦那のこと好きだからじゃない?」
「……」
確かにそうだったかもしれない。幸村くんの見せる我が儘な素振りや意地っ張りなところはわたしにだけに見せる、幸村くんの本当の姿。そのことをわたしは知っていたから、今まで幸村くんがどんな女の子と仲良くしていようが、余裕でいられた。
「それに旦那のことを知らないのは、寂しいんでしょ?」
「………」
だってわたしには中学校時代の幸村くんとの思い出がない。大切な友達で、けれどわたし達の間には空白がある。これは、寂しいと思ってしまうでしょう?
だけどこのすべてを好意に結びつけるのは強引である。わたしは別に幸村くんとそんな関係になりたいわけではない。なりたくなんか、……
「旦那は良い人だよ。」
「…そんなことは、」
知ってる。
「強いけど、優しい」
「……」
それも知ってる。
「だからさ、俺は壱子ちゃんの、自分の気持ちに嘘をつかないで答えてほしいんだ」
「…う、嘘なんて」
ついてない。本当に幸村くんとわたしは友達として、これから、これから…
「旦那は、逃げないから」
「逃げ…ない」
幸村くんはさっき確かにそう言った。その逃げない、が何を意味するかはわからないけれど、幸村くんは逃げない。幸村くんはいつも本気でわたしに向き合ってくれる。じゃあ、わたしはいつもそれに答えてあげられていたのだろうか。
いつも半歩下がって幸村くんの周りを歩いていたのは、わたしじゃないか。
「わたしは、逃げてる…」
幸村くんのそばにいることで感じることのできる楽しいも嬉しいも、悲しいも全部が愛しい。けれど自分のわからない感情からはいつも逃げてそれ以上踏み入ろうとしなかったのはわたし。結局わたしは近いようで、幸村くんから逃げていた。いつも真面目にわたしと向き合ってくれている幸村くんに背中を向け、振り向かなかった。
そのことに気づいてはっとした。そうか、わたしは本当はずっと前から気づいていたんだ。
「…もう」
わたしは、誰かの力を借りないとこうして自分の気持ちさえも気づけなかったし、逃げてばかりいたけれど、
「もう、逃げない」
「…壱子ちゃん…」
顔を上げてみれば視界が広がった。下を向いているだけでは見えるものも見えない。近づいてやっと見えることだってある。
「わたし、二人が好きです!」
「……は、はい…!?」