あたしの俺様ヒーロー
家に帰ろうと、駐輪場の自転車に乗ろうとしたとき、何故か自転車が動かなくて、おかしいな、と鍵を見たら取られていた。どうしよう。こんなの中学校以来だ。というか初めてだ。とか何よりおかしいくらい焦った。こんなときに限って携帯は家に忘れたし、駐輪場と言ってもボロい殆ど無人な駅の駐輪場だ。誰も頼る人がいない。どうしようどうしようと半泣きになったころだった。
「おい貴様、何をしている」
偶然すぎるほど偶然にあたしの前に現れたのは元就くん。顔面蒼白なあたしを不審に思ったのだろう。いつもだったら声をかけさえもしない。
「…か、鍵取られた…」
「…何…」
声は涙声だったと思う。困っていたときに来てくれたのは元就くんで、元就くんのそのヒーローのような都合の良さに凄く助かった。というか元就くんが来てくれただけで助かった思いがした。
「迎えは」
「携帯忘れた」
「近くに知り合いは」
「多分いない」
何たってこんなとこ、めったに人が来ないほどボロい駅だ。次第に泣きそうになるのをこらえてあたしはもう一度鞄を漁った。
「……あたし、誰かに嫌われてたのかな…」
「……ここに人はめったに来ないのであろう。気まぐれでそういったことをする奴がおるのだ」
「…うん…」
元就くんは呆れつつも優しかった。慰めるようにあたしのネガティブ思考に返事をしてくれて、元就くんが本当のヒーローのようにさえ思えてきた。
「…どうやって帰ったらいいかな」
「我も携帯は持っておらぬ」
「…そっか」
そりゃ真面目な元就くんだ。学校に携帯を持ってきたりしないだろう。もう諦めが出てきた。鍵を取ったりする人は、きっと悪戯とかのレベルでやってるわけではなく、その人が困るのを想像して楽しんでるんだ。だからきっと今頃あたしの鍵はどこかの川に捨てられているだろう。
「…歩いて帰る…」
「………」
一旦自転車のかごに入れた鞄を持ち、あたしは駐輪場を出た。元就くんも渋々といった感じで付いてきたが、もうあたしはどうでもいいような、そんな気分だった。
「ごめん。元就くん。迷惑かけた」
「鍵くらいかけよ」
「…うん気をつける」
あぁ、自分の浅はかさに溜め息が出た。後悔先に立たずとはこのことか。切り替わり始めたネガティブスイッチ。と、先を自転車で走っていた元就くんが止まった。
「…どうしたの?」
「乗れ」
「…え…?」
「聞こえなかったのか、乗れと言った」
「うそ?!」
あまりのことに信じられず、聞き返すと元就くんは鬱陶しそうな顔をされて、早く、とあたしを急かす。
「ま、待って乗るからっ!」
急いで荷台に跨ると、元就くんはすいすいと自転車を漕いだ。元就くんの優しさが嬉しくて嬉しくて、思わず笑ったら、彼は急に自転車の方向を変えるから落ちそうになった。心臓ばくばくだ!
「お、落ちるかと思った…!!」
「ふん」
そんな感じですいすい自転車を漕いでいた元就くんだが、途中止まるとあたしを荷台から下ろした。
「どうしたの?」
「疲れた。貴様が漕げ」
「うぇ?!」
お、女の子に自転車を漕がせるだと?!ふざけんな!とまぁ言いたかったのだが、言ったら元就くんにじゃあ歩け、と言われそうだったので渋々サドルに跨って、ほいさ、と自転車を漕いだ。
「……肉…」
「ぎゃあっ!は、腹を摘むなっ!」
なんて二人で帰って、次の日自転車を取りに行ってみれば、それには昨日なかったはずの鍵がささっていて、本当に人騒がせな!と怒鳴ったら、元就くんに人騒がせなのは貴様だ!と頭をど突かれたのはもうお約束。