三分の一、友達


元就くんは強い人だとわたしは決めつけて彼のことを知ろうとしていなかった。彼に仕える忍をして、彼を守っていたつもりだが、幼い頃からというわけではなく、仕えるようになったとき元就くんは既に元服していた。それでもわたし達は幼なじみだ。小さい頃はよく遊んでいたし、でも元服前の何年かは本格的な忍になる修行でわたしは元就くんと会うことはできなかった。その間彼は一人だったのだろうか。

確かに彼は強い。幼い頃、城を転々として、色々なことを言われただろうに彼はそんな寂しさや苦しさを顔に出したり、口にすることをなかった。
わたしの思い違いかもしれない。元就くんは過去のことをなんとも思ってないかもしれない。けれどわたしには元就くんがそんな人間だとは思えなくて彼の背中が少し小さく見えた。

「元就くん。寒くないですか?」

「……貴様、気でも狂ったか」

「狂ってないですよ。失礼な。寒くないならいいのです」

元就くんの白い目に一瞬たじろいだが、わたしは忍だ。なんともない。けれど、元就くんは忍ではない。確かに冷徹な人だけれど彼は人だもの。

「…暑くないですか?」

「…………」

「暑くもないならいいです」

「…なんだ、気持ち悪い」

「失礼な。傷つきますよ」

「…………」

疑うような視線をひしひしと受けつつもわたしは元就くんのことが心配でならなかった。忍に余計な感情は必要ない。けれど元就くんの場合は別だ。彼はわたしの大切な…主である。

「…元就くん、寒いときや暑いときはわたしに何でも言って下さい」

「……貴様、本当になまえか」

「…何を仰いますか元就くん、失礼な。本当に失礼な」

わたしは疑う元就くんに頬を抓られながらも冷静に振る舞ってみせた。本当はわたしの頬に当たる元就くんの温かい手に泣きそうになって、必死に冷静を装ってみせただけなのだが。

「…元就くん」

「…今度は何だ」

「何でも言って下さい」

彼の手は筆を走らせていたのを止め、戸惑ったような姿を見せた。

「寒いとか暑いとか何でもいいんです」

「…そんなこと今でも…」

「何かあったら言って下さい」

やっと振り向いた元就くんにわたしは笑ってみせたつもりなのに目を見開いた彼に、自分が泣いていることに気づいてしまった。

「…………」

「…泣いてないです」

「泣いているであろう」

「これは汗です」

「阿呆か」

馬鹿にされる、と彼を見たが、彼は手拭いをわたしに投げつけて溜め息を吐いた。

「阿呆、貴様が泣く意味がわからぬ」

「…わたしは元就くんの役に立ちたいです。元就くんの苦しみもわかってあげたいです。」

「貴様に何ができる」

「…………」

彼は少なからずわたしの立ち入りを拒んでいるように見えてわたしは何も言えなくなる。

「…ごめんなさい」

「…………」

勝手に元就くんが傷ついてるだなんて決めつけて、彼のことを可哀想だと思ったわたしが一番最低だ。彼がどう思っているかなんて彼にしかわからない。

「…貴様は変わらぬな」

「………」

溜め息混じりにそう言った元就くん。その表情はどこか嬉しそうで、わたしはまた泣きそうになる。

「そなたはここにいれば、それでよい」

そう言った後、過去のことなど知らぬ。我はこの先の毛利の繁栄を願う。と言った彼に、わたしは余計なことなど気にすることないんだ。元就くんのこれから先、ただ仕えていればいいと思った反面、幼い頃、同じことを言った彼を思い出して、まだわたしは彼の友達であると思っていいんだと。泣きそうになった。




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