偶然なんてないんだよ


わたしは今困っている。理由は簡単。目の前にある道場に入れないからだ。いや別に鍵がかかっているとか、扉が開かないとかそういうわけではない。緊張しているのだ。

大学になるとサークルなんてのがあり、みんないろいろなところへ入ってみたりする。だからわたしも中学から剣道をしていたので剣道が気になっていた。そして大学にも剣道同好会があると聞いて見学に来たのだ。

だが、しかし根っからのチキン体質なわたしはいざというときの一歩が踏み出せない。今も道場から聞こえる竹刀の音に、完全にびびっている。……やばい。怖い。

「おい」

「!っうわっ!」

と、後ろから声がして、びくっとした。心臓ばくばくだ。そして恐る恐る振り向けばそこには緑…あの奇跡の人。
まさかの出会いにわたしも、そして彼も目を丸くした。

「貴様…」

「あ、こ、こんにちわ!」

彼はわたしを見て心底嫌そうな顔(憶測(だって奇跡の人は無表情だもの))をした。

けれどわたしは偶然すぎる出会いに運命を感じた。これはきっと必然なのだとさえも思えた。

「あなたも剣道を…?」

「…」

だから何だ。彼はそう言いたげな目をした後、ただ邪魔だ。と呟かれた。
わたしは自分がドアの真ん前を陣取っていたことに気づき、さっと脇に寄った。そこを通っていく奇跡の人。彼のお陰でやっと道場に入れそうだ(やっぱり彼は奇跡の人だ)!

「あの、名前は?」

さ、と彼の後をついていく。道場内は熱気で溢れ、たくさんの音が響いていた。そして奇跡の人は壁際に正座するとわたしの質問に眉をひそめた。

「毛利元就」

「毛利くん?よろしく」

わたしは…と自己紹介を切り出そうとしたが、彼はいい、と首を振った。…?じ、自己紹介しなくていいって何?…わたしのこと丸きり興味ない…!
ショックは大きかったが、それよりもまた奇跡の人と話せたことが嬉しかった。だってわたしたちの繋がりなんて何もない。

「えっと、わたし一年なんだけど毛利くんは…?」

今までわからずに話していたが、もし先輩だったとしたらやっぱり失礼だったのだろうか。急に不安になったわたしは毛利くんの顔が見れなかった。
だが、彼はさらりと一年だ。と言うと鬱陶しそうに立ち上がった。

「あれ?稽古見ないの?」

「…もうよい。」

静かに道場を去っていく毛利くんに思わずわたしもついて行ってしまった。本当に無意識のうちだったのだ。
広い校舎の中を必死に毛利くんの後をついていく。せっかく剣道を見に行ったのに、思えばわたしは何も見ていない。毛利くんと話すのに必死だったからなぁ。思い出してみて苦笑した。

「ねぇ、毛利くん。この前一緒にいた方々は?」

「同じ高校だっただけだ」

「そうなんだぁ」

そうか、そうなんだぁ、と一人頷いた。
あれ、そういえばどうしてわたしまでここにいるのかなぁ。

「毛利くん、もしかして帰るの?」

「…だったら何だというのだ」

彼の呆れたような声が響く。い、いや別にどうというわけではないが、もし毛利くんが帰るなら、わたしはこれ以上ついていくわけにはいかない。
と、いうか、わたしは何故彼について行っているのだろう。
ふと浮かんだ疑問に首を傾げていると、毛利くんは急に立ち止まり、無表情のまま、ついて来るな、とおっしゃった。

「あ、ごめん。別について来る気はなかったんだけど、」

本当に無意識のうちに体が動いていて、毛利くんについて行ってしまっていたのだ。

「ならば、ついて来るな。……何故ついて来るのだ」

と、彼はイライラした様子(彼は無表情だから、これは憶測だ)で、振り返ってわたしに聞いた。
しばらくわたしは悩み、ふと窓の外にある桜の木に目がいった。と、頭に浮かんだあの時の情景。…自分でもよくわからないのだが、多分

「あなたが奇跡の人だったから」

彼が静かにまばたきをした。




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