優しさを盾にして
元就くんの馬鹿野郎ー!と命知らずな言葉を叫んで彼の元から逃げたわたしは僅か三分足らずで彼に捕まってしまった。わたしの首根っこを掴み、ほぉ、我のどこが馬鹿野郎だ、言ってみよ。と耳元で囁かれた彼に、わたしの背筋はぞくりとした。
「だ、だっておかしいじゃないですかっ!冬休みはお互い暇なのにどうして元就くんは遊んでくれないのですか!」
元就くんもわたしも帰宅部だから部活はしていないし、三年でもないので受験もまだまだだ。一応彼氏彼女という間柄なんだから、映画とかスケートとかショッピングとか一緒に行ってくれたっていいじゃないか!元就くんはわたしのことを何だと思っているのだ!
「寒い」
「寒いからですか?」
「あぁ」
「……ならお正月は遊びに行ってもいいですか?」
「何のために」
「…………」
ぐすん、と半泣きになりつつもわたしは挫けなかった。お正月はかるたとか百人一首とか、福笑いとかしたいし、一緒にお餅食べてお節食べて、なんて素敵じゃないか!
お節だって作れるようにめちゃくちゃ練習したし、元就くんのお父様お母様に会うのだから笑顔だって練習した。なのに、元就くんはお正月のあの行事なんて屁とも思っておられない。それでも日本人か!
「じゃ、じゃあクリスマスは一緒にケーキ食べましょう!」
これはもう女の子の夢でしょう。好きな人と一緒に過ごすクリスマス。ホーリーナイト、サイレントクリスマス!プレゼントの交換をしたり、ケーキ食べたり、二人の間には確かな愛が…!なんてロマンティック!
「何故我が貴様とそのような面倒なことを」
「…だ、ダブルショックっ!」
こ、恋人に向かって貴様、だなんてわたし傷ついた。言葉の暴力だ!その上追い打ちをかけるかのように面倒って、わたしの純粋な夢を面倒って。わたしといることが面倒って言っているかのようなその言い草!鬼め!あなたは正真正銘の鬼だ!
「元就くんは女の敵です!シャーッ!」
「帰るぞ」
「あー!ちょ、待ってまだ帰る準備してないからっ!」
くそー!あまりの悔しさに涙をこらえて鞄に教科書やら筆記用具やらを詰め込んだが、元就くんの姿はもう教室にはなくわたしは嫌でも急ぐことになる。
「も、元就くんっ!」
「…案外早かったな」
「も、もうっ!」
元就くんの馬鹿!またそう叫びかけて喉の奥が詰まった。嗚咽が止まらなかったのだ。元就くんはいつもこうだ。こんな人だってわかっていながら付き合ったわたしも悪いかもしれない。けれど、友達の優しい彼氏さんや仲の良い皆を見ていると、何故だかわたしはいつも惨め。元就くんは、わたしを待ってもくれない。どこかに遊びに行ってもくれない。元就くんはいつも、いつもわたしを馬鹿にして
「、わたしが嫌いなら、付き合わなくてもよかったじゃないですかっ!」
き、と元就くんを睨んだのに彼は目を見開き驚いた様子で、それにわたしも目を見開くことになる。元就くんの瞳は傷ついた色をみせていて、戸惑うわたしは思わずスカートを握った。
「わたしの我が儘聞いて下さってありがとう、ございました。もう元就くんは自由ですよ」
嗚咽で声にならなかったかもしれない。でも、確かに目を伏せた元就くんにわたしの恋も終わったのだと確信した。
恋人なんて言えるか言えないかの関係だったけどわたしはわたしなりに、楽しかった、かな…
「…はぁ…」
と、聞こえた溜め息とわたしの手を包む柔らい感触。冷たかったけれど、わたしの手を引いて前を歩く元就くんのその力強さに胸がいっぱいで、空いた方の手で涙を必死に拭った。
「阿呆、嫌いな奴を傍に置くほど我はお人好しではあらぬ」
「…元就、くん…」
元就くんの手に僅かに力が入った。
「泣くでない。我はそなたの涙を止める術を持たぬ」
「…うんっ…!」
手に力を込めてわたしは改めて泣きそうになるのをぐ、とこらえた。
「…休みに出かけたいのであろう…?」
「……う、うん」
「…退屈など許さぬぞ」
「…っ!!大丈夫!ちゃんと計画立てるからねっ!」
家までの帰り道。わたしの手はずっと握られたままだった。