多分一生適わない


相も変わらず不運なわたしは、何故だか毛利くんの見舞いに行かなければならなくなってしまった。
と、言うのも、わたしを馬鹿にしに来たとき、いや本人が思っているには見舞いなのだが、わたしの風邪をもらってしまったようで、昨日今日と、彼は学校を休んだのだ。そしてわたしは見舞いと言うよりプリントを渡しに来たわけで、昨日は毛利くんと同じクラスの元親が渡したようだが、今日、元親は用事があるとかないとかでわたしにその役が回ってきたのだった。

「……はぁ」

たかが風邪でどうしてわたしが、と溜め息を吐いて毛利くんの家のチャイムを鳴らしたが当然の如く誰も出ない。親が共働きな彼の家は、昼間は誰もいないのだ。風邪を引いている毛利くんがわざわざ出るわけないし、あの傲慢で暴君のような人が健康で暇なときさえ出ることはないだろう。

念のため、もう一度チャイムを鳴らして、誰も出なければポストにプリント入れて帰ろう、としたのにどっこい。家の中でどたばたと恐ろしい物音がしたかと思えば、目の前の引き戸がすごい勢いで開いたのだった。

「……………」

「………どうも」

毛利くんは勢いよく戸を開けたくせに何も喋らず、苦しそうに肩を揺らすだけ。あまりの気まずさに冷や汗が垂れ、プリントを何も言わずに差し出すと彼はむ、とした表情になった。

「……上がらぬのか」
「………、……何で?」

糞、相変わらず意味が分からない。どうしてわたしが毛利くんの見舞いなどせにゃならんのだ。いや、見舞いする気で家まで来たのだけど、家の前まで来てあたしは気が変わったのだ。見舞いなんかしてやるものか。

「……………」

「……………」

「……………」

「……わかりました、上がればいいんでしょ上がれば」

何なんだ、しばらく続いた無言の抵抗に耐えきれずにそう言えば、彼は溜め息を吐いてよろよろしながら家の中へ入っていった。何故溜め息を吐かれなければならないんだ。これは理不尽だ。なんて思いつつも、お邪魔します、と毛利くん宅へ入った。

「……………」

「……………」

「……………」

「……茶も出せぬのか貴様」

「……………」

何も言わず布団に入った彼に対しての不満を頭の中で色々巡らせていると、また彼の理不尽な要求を聞く羽目になってしまった。

「……それはわたしにお茶を汲んで来いって言ってんの?」

「そんなことも分からぬのか」

「………はいはい汲めばいいんでしょ汲めば」

怒りを通り越してむしろ呆れる。彼の意味のわからない思考回路をどうにかしてやれないだろうか。

家が隣なだけにここには小さな頃から遊びに来ているせいで、台所の場所も、毛利くんの部屋の場所も、全部知っている自分が憎らしい。わたしって一体毛利くんの何なんだ。

「はい、飲みたきゃ飲んで下さい」

「…飲んでやらぬでもない」

「はいはい」

体を起こして、熱いお茶をゆっくり飲む彼を見る限り、まずくはないらしい。まぁ、お茶なんて誰でもできるし、まずくなることなんてないだろうけど、小学校のときはこっ酷い言われようをしたものだ。ぬるいや薄いは当たり前。毎日のように貴様は茶も汲めぬのかと怒鳴られて、汲みたくもない茶を延々と汲まされた。のくせに、わたしが汲んだお茶を、毛利くんは水腹になりながらも、まずいと罵りながらも、全部飲んでくれていた。

「…熱は?」

「そんなもの計るわけないであろう」

「は?なら薬は?」

「そんなもの飲まずともよい」

「病院は……」

「行くわけない」

「……だろうねぇ」

道理で高が風邪が何日も長引くわけだ。毛利くんは変な意地を張って病院に行くのを拒んだのだろう。その光景がいとも簡単に浮かんでくるよ。

「ちょっと待ってて下さい」

「……我を見捨てる気か」

「…見捨てる気なら待っててなんて言いませんよ」

どうせ聞いても体温計や薬の置いてある場所など毛利くんは知らないだろう。仕方がない、とわたしは家へ帰ると薬と体温計を手に毛利くん宅へ再び足を運んだ。

「すいません遅くなりました」

「…何だそれは」

「…体温計、それから薬です」

粉薬だが、まぁそれくらい飲めるだろう。体温計を彼の脇に挟ませて、薬を飲ませると彼は少し嫌そうな顔をした。

「……まずいし粉っぽいぞ」

「そりゃ薬ですもの」

いつもの傲慢な毛利くんが粉末の薬が嫌いだなんて意外だなぁ、と不覚にも微笑ましく感じてしまった。
と、ピピピ、と体温計が鳴り、見てみれば三十七度ほにゃほにゃ、と表示されていて、そこまで熱が高いわけではなくてよかった、と一安心。

「じゃあ、後は寝ていて下さい。わたしは帰りますから」

「……何…?」

「こ、こわっ!」

に、睨むことないじゃないか。わたしだって忙しいのだ。予習だってしなきゃならないし、宿題もあるし、とにかくわたしは忙しいのに!

「……………」
「……はいはい、もう少しだけいますよ」

いりゃいいんでしょ、いりゃあ。半ば自暴自棄になりつつも、そう言ってわたしが座布団に座り直すと少し嬉しそうにした毛利くんに、わたしは何も言えなくなってしまった。
静かに目を閉じた彼の女顔負けの綺麗な顔を見つめて、黙ってれば美人なのに、と溜め息を吐いた。




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