対峙
明日は待ちに待ったバレンタインデーだ。…なんて言ってみたけれど、バレンタインデーだろうが何だろうがあたしには関係がないのでありまする。
だってー、チョコレートをあげる人なんてー、あたしにはいないんだもの!い、いや別に友達がいないとかそういったわけで言ってるんじゃないのでありますよ?…あたしが言ってんのは、その、チョコレートをあげるような親しい関係の…男の子がいない…ってことでありましてですね。あ、あたしには友達いますよ?
あの、かすがちゃんとかお市ちゃんとか、とか………あ、元親くんとか、政宗くんとか、幸村くんとかそれからそれから…………
あ、元就くん……!
「…どうしたの、元就くん」
バレンタインならではの赤く装飾されたチョコレート売り場で一人悶々と考えていると、元就くんがあたしの隣を通り過ぎた。
「……貴様に答える義務などない」
「ぎ、義務って、元就くんっていつも義務であるかないかで行動してるわけ……?」
「そんなわけないだろう、莫迦か」
「…何か無性にいらっとする…」
こんなことなら声かけなかったらよかった。それよりもあたしの友達紹介の途中で、"あ、元就くん……!"とか言ったけど、あたしの友達に元就くんは多分含まれない。だってあたし達は滅茶苦茶喋るわけではないし、特別親しいわけでもない。元親くんの友達の、取っつきにくい人であることと、緑色が好きであることしかあたしは元就くんについて知らないのである。
「……で、何か用か」
「…いや別にそんなわけではないけれど…」
明日はバレンタインだね。そんな会話を思いついたが、頭を振った。いやいや、そんなことを元就くんに言ってどうするというのだ。別に元就くんにチョコレートをあげるわけではないし、言ったところで……ねぇ?
「…あ、ちょ、ちょ、ちょっと待って」
あたしを見て、不機嫌そうに眉をひそめた彼は、まだ何か用があるのか、と聞いた。ちょ、あたしったら何で引き止めてんねーん!
「…い、いや別に用は…」
「……」
フン、と鼻を鳴らして去ろうとした彼に、焦ったあたしは咄嗟にチョコ好き?!と元就くんの背中に向かって叫んでいた。
「…は……?」
「い、いや板チョコとか…好きかなぁなんて…?」
振り返ってあたしを見た元就くんの訝しげな表情に冷や汗が垂れた。元就くんとこんなに喋ったの初めてだよ。元就くんが元親くん意外と喋ったところ見たことないしね。
「…フン、嫌いではないぞ」
「ほ、ほんとっ!?」
「くどい」
「…」
ま、まさか元就くんが答えてくれるなんて桃の木だ。いや間違えた驚木だ(驚木桃の木山椒の木的な)。
「何味が好き?」
「甘いのは食べぬ」
「じゃあビターか…!」
うんうん。元就くんってミルクチョコとか食べなさそうだもの。予想通りの答えに納得した。元就くんこそビターって感じがするよね。甘くないし、大人な感じが…?
「あたしもビター好きだよ!でもミルクもホワイトも好き!」
「………」
「………」
あ、あたしのことはどうでもいいってか?元就くんわからねー!あたしの質問には答えるけれど、あたしのことはどうでもいいと…?も、もも元就くんわからねー!てかそんな元就くんと友達でいれる元親くんわからねー!いや、でもそんな元親くんと友達でいれるあたしこそわからねー!もうあたし何言ってんだよくそ野郎!!
「あ、ちょっと待ってて」
「……」
何か自分でもわからなかったけど、板チョコのビターをレジに持っていって買った。それを元就くんに渡しに……とか思ったのに元就くんがいない!あれ?あたし待ってて、って言ったよね…?
「はぁ、はぁ、…」
店を走り回って疲れた頃、店から出る元就くんの後ろ姿を発見。そんな彼の背中にビニール袋ごとチョコレートを突き出した。
「っはい!!…はぁ、はぁ…明日、バレンタインだからっ!」
「……」
ゆっくり振り返り、ビニール袋とあたしを交互に凝視した後、元就くんは静かにビニール袋を受け取った。
「…貴様…」
それからあたしを鼻で笑った彼。な、何よ…!!
「明日渡せばよかろう。それに…」
「…はぁ、はぁ…な、何…!」
「貴様は料理もできぬのか」
「!っい、今のむかってきた!!」
フン、と鼻で笑って去って行った彼の後ろ姿に、あたしは誓ってやった。絶対、絶対あいつをぎゃふんと言わせてやる!
ぎゃふんっていうか、あたしの作ったチョコレートを美味しいと言わせてやる、覚悟しろ毛利元就ィィィイ!!