彼の正体は
イルカは相互扶助の習性があるらしい。群れで生活する中で、互いに助け合う能力を身につけてきたんだという。
サメに襲われた少女をイルカの群れが囲んで守った、というニュースを、いつだったかきいたことがある気がする。
ふいにそれが頭の中に浮かんだのは、彼をみていたとき。
彼をみていて思ったのが、イルカみたいだなぁ、だった。
みんなから兄貴兄貴と慕われていて、偉ぶった感じも全くなくて、皆に対等に接してるというか。隔たりがない、うん。
態度こそ豪快そうにみえても何気に器用だったりするし。いつも前をみつめてる片方の蒼い瞳は、海みたいに穏やかで、澄んでいて綺麗。大きくて広い背中はなんだか、頼りになるというか、ついていきたくなるというか。野郎共さんがついていくのもわかる気がする。ある意味群れてるともいえるかもしれない。
何より助け合ってるってこと。いつだったかに言ってた。
船は一人じゃ動かせないって。
彼以上に仲間を思いやってて心から信じてる人なんて、少なくとも私は知らない。
そんな彼をみていて、とりあえずイルカみたいだと思う。
私はといえば、平成という時代の年号のもと、失敗した受験を見返してやろうとバイトに明け暮れ虎視眈々と次のステージを狙う、普通の19歳だった。
いく先々で神社や寺を見つけたら、そこに何の御利益があるか関係なしにお参りしていたのが、どうもいけなかったらしい。
神様は私のお願いの逆どころか、まったく予想外のことを実現してくださった。
ふと気がつけばそこは平成ではなく戦国時代。たしか永禄、だったか、だいたいにみて約400年も昔に来てしまったらしい。そんな馬鹿な話があると思うなかれ、事実は小説よりも奇なりとはよく言ったもの。
しかも、飛ばされた先はなんと海の真上。どんどん揺れる青に近づいていって、耳には風の音が馬鹿みたいにきこえてきて、自分の叫び声も聞こえない始末。バカな私でも、このままだとどうなるか、なんて考えるまでもなかった。というか考えたくなかった。このときばかりは本気で神様を恨んだと思う。
しかし不幸中の幸いにもそのとき船で航海していた、かの有名な長曾我部元親によって助けられた上に、元親の瀬戸内海よりも深い懐によって保護されることに。
この時代の礼儀もなにもしらない小娘がよく生きられるもんだ、と最近になって思う。
今こそ優しく接してくれるけど、最初の頃は皆私のことを不審がっていた。そりゃそうだ、空から落ちてきたのだ。
不審に思わないほうがおかしい。
それでも私の話を信じてくれて、しかも世話までしてくれる元親ってなんて深い懐なんだろう。しかも、こともあろうに私の恋のお相手にもなってしまっているのだから、始末におえない。
これを見越しているのなら、神様って策士だろうか。
「俺、朱里のそういうとこ好きだぜ」
ことあるごとにイルカみたい、とぼやく私に対して元親はそういった。彼の軽口に慣れて久しい私は特に反応もなくただ流すだけ。強いて言うなら、だってイルカみたいなんだもん、である。
最初のほうこそ俺は鬼だ、とかなんとか言ってたけど、最近はどうやら諦めたらしい。まぁ、ことあるごとにそうぼやいていた私にいちいち突っ込んでいた元親ってよく考えたらけっこうすごい、というかしつこい。深い懐のわりに案外頑固なんかもしれない。
なんてことをぼんやりと考えていると、するりと腕が伸びてきて、わしゃわしゃと頭を撫でられる。
今日はというと、庭に面した縁側で日向ぼっこ。どこかに出かけるより、こうしてのんびりしてる方がいい。
「私もイルカみたいな元親が好きよ」
自分の中では最高の笑顔で。
目を丸くした元親は、撫でていた手を宙ぶらりんにしたまま薄口を開けて固まった。
それがおかしくて吹き出す。
そういえば自分からこんなことを言ったのは初めてだったなと、彼女らしからぬ事実にようやく気づく。
そりゃ鬼ともいえど驚くだろう、なんて、人事にも程があるか。
「良かったね、元親」
「それを自分で言うのかよ。…いや、嬉しいけどな、やばいくらい」
「イルカって言われて嬉しいの?」
「好きって言われて嬉しいんだよ」
再び伸びてきた手で今度は体ごと引き寄せられた。
元親ってなんかいい匂いがする。その匂いにまじってかすかに潮の香りもする気がする。
というかマイナスイオンも出てるんじゃないだろうか、と疑う。だってすごく癒されてしょうがない。さらに恥ずかしくてしょうがない。だってリアルに体温伝わってくるし、心臓はずんどこずんどこ煩いし。もしかしたらこの音きこえてしまってるんじゃないかと不安になる。胸板はがっしりしてるし、なんというか、落ち着くし癒されるんだけど本当に恥ずかしくてしょうがない。元親も照れてるだろうから文句は言わないが。
「イルカがすげぇ好きなのは知ってるからな、それが好き、つまり俺も好きってことだろ?」
「別にイコールにはみてなかったけど」
「異国語わかんねぇって」
「どっちも同じって意味かな?私が元親に似てるってことに他意はないってこと」
「え、マジかよ」
「うん、マジマジ」
じゃあさっきの告白はなんだったんだと抗議の声をあげる元親に両手で閉じ込められる。
おかげですっぽり収まった私は身動きがとれない。
でも、いい。装備をしてない元親がこんなに暖かいなら、リラックスする以外にはないと思う。というか装備してても半裸なわけだからそっちのが恥ずかしいけども。
あぁ、そういえばイルカには人を癒す力もあるんだ。やっぱり元親はイルカに似てるなぁ、と改めて思う。本当に癒されるし、落ち着くし。
このまま寝てしまおうかなぁともう既にまどろみながら、元親の疑問に無理矢理口を動かして答える。
「でも、みんなと楽しそうにしてる元親は好きよ」
「野郎共と遊んでるだけだぜ?」
「うん、ありがとうね」
「……眠みぃんだろ」
「うん」
おかしくもないのに笑いが零れる。言葉が少なくてもわかってくれるところもいいところだよね、転ばないように支えてくれる優しさも。
なぁ、と元親が私の名前を呼ぶ。
私は半分夢に落ちた意識をわずかに引き上げて顔を上げる。
「イルカもいいけどよぉ、」
「うん?」
「狼になるのもアリじゃねえ?」
そういって悪戯な顔で格好よく笑った元親は完全に私を閉じ込めて、それからゆっくりと頭をさげた。
彼の正体は、イルカの皮をかぶった狼でした
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セナさまに相互記念に頂きました!
本当に素敵な元親にくらくらしますっ!
元親がイルカって素敵です:)むしろイルカに乗って会いに来て欲しいです。いや、わたしがイルカに乗って会いに行きたいです。
二人の曖昧な関係や、元親の優しさに胸が高鳴ってます!どうしよう元親まじで好きだ。
こんな素敵な小説を頂きとても嬉しいです!セナさま本当にありがとうございます!
まだまだ未熟なわたしではありますが、(色々)よろしくお願いします。