幸せも全部全部
あれからあやつは前と変わらぬ姿で帰ってきた。けれど前と決定的に変わっていたのはあやつの心臓が動いているということ。そしてもう、飛べない。都合よい力も働かない。並外れた運のよさもない。本当に普通になったということだった。
けろりとした表情で帰ってきたあやつの姿に胸が潰れるように苦しくなって思わず掻き抱いた。強く抱きしめれば苦しそうに息を漏らしたひのわ。本当に、無事帰ってきたのだな。
夢のような一年にあたしは本当に驚いている。なんたって聞いてほしい。あたしは人間になって帰ってきたなり元就氏に抱擁され、接吻され求婚されで大変だったのだ。
けれど、やっと気づけたのがあたしの思い。だってあたしは、元就氏に会うためにここに来た。元就氏の力になりたくて人間になった。元就氏が好きで、大好きだったから、故郷を捨ててまで、大切なものを失ってまで元就氏を選んだ。何より大切なのは、元就氏の存在だって気づいたんだ。
そして何よりも変わってしまったのがあたしと元就氏の間に子供ができたということ。
あたしの世界は元就氏が全て。元就氏がいるから輝いてみえる。そんなあたしの大切な人の子供。大切な人を失ったけれどあたしは大切なものを得た。守りたい世界がある。
「元就氏は男の子がいい?女の子がいい?」ぽっこり膨らんだお腹を優しく撫でた。ここに大切な人がいる。
なんだかあたしらしくないけれど、母になると、恋をすると、人って変わるのだね。
「貴様に似なければどちらでもよい」
「むか、今のは普通"そなたの子であればどちらでもよい"とか"そなた似の可愛い女子がよい"だとか言うものでしょ!」
元就氏はコノヤローであることに変わりないけれど、前よりずっと優しくなった。それは恥ずかしくなるほどだ。未だ元就氏の変化になれないながらも、元就氏のそばは心地よくて、安心できて。
「フン、冗談ぞ。貴様が無事で生み、それが元気な子であればそれでよい」
「!!」
あたしのお腹を見る瞳が愛しそうに細められ、お腹を撫でる掌が柔らかい。そんな姿に思わず瞳が潤んだ。元就氏は、こんなことを言うような人だったのだろうか。
「…貴様は本当に我の手に落ちたのだな」
「ナニソレ、あたしも策の内に入ってたの…?」
「違う。貴様はやはり日輪なのだ…」
「……?」
日輪…?もう神様ではないはず。そう思って元就氏を見直したが、彼は外を見ていた。
「…貴様は我の日輪…」
「……」
「ひのわ、傍にいろ。我の道を照らすのは貴様でなければならぬ」
唇にそっと触れた元就氏のそれ。元就氏のその言葉がただ嬉しくてぎゅうと彼に抱きついた。元就氏。あたしは元就氏の唯一に、元就氏だけの日輪になれたんだね。それならあたし、やっぱり人でいい!…元就氏の、元就氏だけのために生きる!
「……女子がよい」
「……ん…?」
「ひのわのように、阿呆で無邪気な、日輪のような女子がよい…」
「うんっ!」
幸せも全部
「元就氏の隣だから幸せだと感じることができるんだよ」
「ねぇ、元就氏は今、幸せ…?」
「フン、当たり前だ」
「…!あたしも…!あたしも今、とても幸せだからっ!」
「…、莫迦者…」