「なまえ、こっちおいで」

急に家に呼ばれてインターホンを押せば、妙に重い雰囲気を漂わせている精市が出迎えてくれた。
彼の部屋の扉を閉めたところで慣れない彼の部屋にたじろいでいたら呼ばれてしまったので、そろりそろりと向かう。ベッドの縁に座る彼の隣に座ろうとしたら、無理矢理彼の脚の間に収まるようにして座らされた。普段なら恥ずかしいこの体制も、いつもと違う彼のほうに気がいってしまってなんとも思わなかった。

「精市…?どうかしたの?」
「…怖かったんだ、俺」
「え?」
「去年の冬に倒れて入院しただろう?あのとき、どうしようもなく怖かったんだ」
「…うん」
「折角見舞いに来てくれた真田たちを適当に扱って、最低だった。でもそれと同じくらい、恐怖に駆られてた」

人前では弱音なんか吐かない彼が今吐露している。つまりそれだけ追い込まれているんだ。腰に回された腕に力が込められた。
彼は半年以上の間、生と死の境で恐怖と戦っていたのだと思う。私は彼みたいに入院や手術はしたことないし、恵まれたことに私の回りの人が亡くなってしまう、なんてことは今のところ一度もない。
だから彼が感じている恐怖がどれ程のものなのか検討もつかないし、願わくは一生感じたくないとも思う。
だけど、だけどね精市。それこそが貴方の強さにプラスを与えてくれていることには違いないと思うんだよ。

「俺、正直絶対に死んじゃうんだって思ってた」
「でも、今精市は生きてるよ」
「そうだね。だけどあのときの恐怖が最近頭から離れないんだ。あの事があって今の俺があるんだから無理に消したい訳じゃない。でも、恐怖だけが浮かんでくるんだ。怖いんだよ…」
「…ねえ、精市」

彼の顔を見るために体を少しずらす。いつもの覇気はなく、どこかに消えていってしまうんじゃないかってくらい寂しい色をしていた。そんな彼の名前を呼ぶと不安と恐怖の色に染まった瞳がこちらに向いた。

「何?」
「今、笑える?」
「自然に、は無理かな」
「作った笑顔でいいから」
「…こうかい?」

彼の作った笑顔は不格好でお世辞にもカッコいいとは言えないし、寧ろ今にも泣き出しそうな顔をしてるけど。

「私は、精市の笑顔で笑顔になれるの。だから沢山笑って」
「!」
「私だって精市が笑顔になってくれるなら精市のために笑うよ」
「なまえ…」
「怖がってたって仕方ないじゃん。泣いたり怖がったり怒ったりするのも大切だと思う。だけど、前に進むなら笑わなきゃ」
「そう、だね」
「精市の弱いところを支えたい。駄目かな?」
「ううん、嬉しいよ。ありがとう。俺もなまえを支えたいな」
「あはは、ありがとう!」


笑わなきゃ進めない

笑顔の力は偉大なんだから。

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東日本大震災から今日で早一年がたちました。
震災で亡くなった方、被災者の方の幸福を祈って。
(2012.03.11)


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