ああ、なんてこの世は理不尽なんだろう。

鈍色の空を眺めていればザーザーと音が反響する。それさえ鬱陶しくて気を紛らわせるために私の意中の人に目を向けた。
男子の活発グループの中でも一際輝いている彼はなんでも出来て(勉強はあんまりらしいけど)カッコいい。なにより人見知りな私にも優しく声を掛けてくれた。たかがそれだけ、されどその事実は、私にとって好きになる材料には十分だった。

授業が終わって廊下にいる人も疎らになってきた放課後、まだ思考は彼についてのことばかり。例をあげるならば、

彼には、好きな人がいる。

ということ。これは噂に過ぎないけど、もとから告白する気なんて全くなかった私でも落ち込んだ。でも、やっぱり好きな人には幸せになってほしい。綺麗事だと言われようがこれは私の意思だ。


そして何故、その彼-宍戸君-が目の前にいるのだろうか。


「…あ、みょうじか」
「う、うん」
「……」
「……、」

この状況、私にはどうにもできないのだけれど。
ちょうど曲がり頭でぶつかりそうになったので目の前に立ちふさがるように立つ宍戸君が動いてくれないと私が動けない。というか、私の足が動かないから早く行ってくれないと逃げてしまいそうだ。なのに何故だか彼は動かない。
そして、ふと気づいた。
まだ降り続けている雨のせいで校舎内が暗くてあまり見えないけれど、なんだか辛そうな顔をしているように見える。
ほとんど無に近いような勇気を振り絞って声を出した。

「あ、あの、」

俯いていた顔をあげた彼はやっぱり辛そうに、泣きそうに見えた。
好きな人のそんな顔を見て、放っておけるわけがない。そう思ってはいるはずなのに。

「……、どうした?」
「っ、なん、でもない。じゃあ、明日ね」
「おう…」

ああ、私の馬鹿。せっかく自分から声を掛けれたのに。絶対何かおかしかったのに。何もしてあげられないなんて。最後に見た無理矢理作ったような笑顔が脳内に貼り付いて剥がれない。
普通なら何ができただろう?もし人見知りじゃなかったら?そうだったら私は…──

3階から1階に降りようとしたところで来た道を引き返した。雨による湿気で滑る廊下に若干の苛つきを覚えながら走る。

人見知りだからと言って人との間に壁を作ってきたのは紛れもなく私自身だ。他人と接するのは怖い。でもそれは普通の人も持つ感情だ。そんなものを盾にして私なんかに折角手を差し伸べてくれた優しさを払ってしまっていた。なんて愚かだったのだろう。自分の馬鹿。臆病者。そんなことして悲劇のヒロイン気取りか。
しかし今過去の自分を愚弄している暇はない。今私にできること、否、私がすべきことをしなければならない。

私にならできる。

さっきのところにはいなかったので教室に戻ったのかと思い足を進めれば案の定。なんて声をかけるべきなのかを考えるよりも前に足が彼へと向かっていった。

「宍戸、君」
「…みょうじ?」

深呼吸。落ち着け自分。

「あの、大丈夫…?辛そうな顔、してる…よ?」
「!…はは、そっか。激ダサだな、俺」
「えっと、で、その…」
「俺さ、フラれたんだよ」
「…え?」

その言葉を理解するまでに数秒かかった。しかし好きな人がいるという噂は本当だったということだけはすぐに理解できた。でも、宍戸君がフラれた…?
信じられない、といった顔をしていたら少し笑われた。…やっぱりまだ辛そうだ。

「そいつはさ、跡部が好きなんだってよ。やっぱりあいつには敵わねぇな、なんでも」
「そんなこと…っ!」
「でも俺は、あいつに何一つ勝てるものなんて持ってねぇんだよ」
「そんなこと、ない…!」

変なことを口走ってしまいそうだとか思ったりしたけど彼の痛々しい笑みを見たら制御できなくなってしまった。

「宍戸君はすごい努力してる!それこそ跡部君に負けないくらい。それに誰にでもすごく優しいよ?私はその優しさに救われた。宍戸君がいなかったらこんな気持ちも生まれなかった」

人を好きになることがこんなにもドキドキして辛いものだなんて知らなかった。遠くからずっと見てきたから彼の努力くらい知ってる。その成果がレギュラーに戻れたことで実ったじゃないか。

「宍戸君は無意識でも、変わるチャンスをくれるのはいつだって宍戸君だった」

今回だって、酷い話、もし相手が彼じゃなかったらここまで必死になれなかったかもしれない。人見知りだから、で片付けてしまっていたかもしれない。

「私は…!私は、宍戸君は跡部君と同じくらい、いやそれ以上にすごい人だと思う。だから、もっと自分に自信持って…?」

私の言いたいことは全て言った。
なんとなく告白まがいな言葉が出た気がしなくもないけど今は気にしてられない。

「そうか…みょうじ、ありがとな」
「え、あ、ううん」
「ちょっとスッキリした」
「よかった。…あの、泣きたかった、ら泣いてもいいよ」
「…っ」
「今なら、誰もいないし誰も聞いて、ない。全部雨に流しちゃえば、いいんじゃない、かな」
「そう、だな。背中、借りてもいいか?」
「…うん」

最後の一言に嗚咽が混じっていたことに気づかないフリをする。
肩口に乗せられた頭にドキリとしつつ、少し濡れた感じのする肩に思わず反応してしまうのを堪えた。

薄暗い教室に響く彼の泣き声は未だ降り続けている雨が隠してくれているに違いない。


このように愛は
脆弱であるからにして



title×家出


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