「別れなならんばい。」
昨日の朝早くに、浮かんだんだ。
目を開けたその瞬間に。
分かってたんだ、本当はずっと前から。
いつの間にかすれ違ってしまった俺等は、最も辛いけどこの選択がベストだって。…心の奥底では。
でも、それを拒む自己愛と撞着を繰り返して、結果俺はいつになっても言えなかった。
『別れよう。』
そう言われて俺は持っていたグラスを落として割った。割れたグラスをかき集めようとしたその時、気付いた。
それはまるで、割れてしまった俺等の想いをかき集めるようだった。
「あっ。」
破片で切れた俺の小指から流れた紅い糸が、腕を伝って君の小指の上に落ちた。
この紅い糸がもっと早く俺等を繋いでくれてたら、こんな風にならなくて済んだのかな。
…出会った頃の俺等はこんなこと、したかったのかな。
『別れなきゃ。』
気付いたんだ、昨日の凪いだ夜に。
目を閉じたその瞬間に。
今からずっと前のことを、思い出したんだ。
君と初めて会った季節を。君を呼んだ瞬間に見えた、優しく微笑む顔を。
でも、そんな過去に今を押し付けて、あの頃みたいにしようとした私達の心は、棘だらけだ。
『別れよう。』
そう言うと私が持っていた花から花弁が落ちた。落ちた花弁を拾い上げようとしたその時、気付いた。
それはまるで、抜け落ちてしまった私達の思い遣りの気持ちを、拾うようだった。
「あっ。」
私の手の中にあった花弁は風に乗って君の所まで飛んでいった。
落ちてしまった花弁はもう花の中には咲き戻れない。手のひらの中の小さな死。もっと早く気付けていたら、こんな風にならなくて済んだのかな。
…私等の時間は出会った時から止まったまま。
そして君は家を出ていった。君がいなくなった部屋はいつもより広くて、でも暗かった。
緩やかに朽ちていくこの世界で足掻こうとする、俺は唯一の活路を開く。色褪せたアルバムの中にいる俺等。
初めて遊んだとき、バレンタイン、クリスマス、お互いの誕生日、何でもない日も、俺が撮ってた写真。全部全部、…笑顔で。それでも、あの頃には戻れないんね?
「ぅ、うぅ…、うわあぁぁぁん!!名前っ、名前っ、ああぁぁー!!」
声を枯らして叫んだ。いろんな想いを溜め込んでいた栓が抜かれた。
どんなに叫んでもはるかの元には届かない。反響して、残響が空しく響く。外された鎖の先には、もう何一つ残ってやしないんだ。
俺等が出会ったのも、好きになったのも、両想いになれたのも、全部全部偶然だった。ふたりが重ねてきた偶然は暗転し、繋いでいたはずのものは断線し、儚く千々になった。
「所詮こんなものばい。」
枯れた頬に伝う、誰かの涙。
それから私は家を出た。ずっと、いつかこうなることには気付いていたんだ。いつの間にか私達は進む道が変わっていて、どちらかがこの答えを出さなきゃいけなかった。
それでも、重苦しく続くこの関係でも、悲しいほど、君を想う心は変わらなかった。愛してるのに…、離れがたいのに…。それでも、私が言わなきゃいけなかったんだよね?
『千里っ、ごめんね…。』
心に土砂降りの雨が降って、視界が煙る。
覚悟して筈のこんな痛み。それでも貫かれるこの体。呆然と立っていた千里の顔を思い出して、今度は私が竦然と立ちすくむしかできなくなった。
ふたりを繋いでいた絆が、綻び、解け、日常に消えてく。もう、二度と戻れない。私達が愛し合ったのも、過去のこと。
『さよなら、愛した人。』
もう振り向かないで、歩き出すんだ。
一度だけ、一度だけ願いが叶うのならば。
…何度でも生まれ変わって、あの日の君に逢いに行くよ。
これでおしまいさ。
Just Be Friends
(友達になるべきだったんだ。さよならの時だ、友達になろう。)