黒い山羊が呟いた。
「白線よりお下がりよ。鈍色電車通り去って、」
隣で猫が問い掛けた。
「アナタは何処に向かうんだい?ここらも直に死んじまって、」
どうでもいいわ、そんなこと。私はあなたたちと一緒になりたくない。だから、この輪廻から抜け出す出口を探しているの。
赤色に染まった手を取り合って、私は一人ふわり、ふわりと根なし草。行き場を失った私はどこまでも歩くしかない。
― 一人なのに誰と手を取り合っているの?
― そんなのダアリンに決まっているでしょ?
錆びた鉄の味のする水を飲み込んで、今日もまた一人、次の駅まで歩こうか。
「またどうか。どうか愛を。」
彼女の元に帰りの電車が来ることはない。どこまで歩いても見つからない。あの日俺が、奪ってしまったからな。
『教えてダアリン、ダアリン。ねぇダアリン!』
“どうして私を殺したの?”
…声が聴こえた、ような気がした。
枯れた花は呟いた。
「感情がない。感情がない。心は憂い、夕を吐いて、」
一匹の蝉が泣き疲れて墜ちる頃。電線の下に咲いた赤。それは夏の終わりを告げる、裂かれるように咲いた花。
― 彼女はおまえを愛しているのか?
― そんなこと俺に分かるはずないだろう?
その瞬間。俺の中に猛りだした黒い影。ドロドロと零れだし、俺は立ち入り禁止の看板を蹴っ飛ばした。
「見えない。」
と、泣いて、泣いて。私の想いを探しているわ。私はちゃんとアナタを愛していたよ?
『教えてダアリン、ダアリン。ねぇ、ダアリン!』
“お前は俺を愛しているのか?”
…鳴らぬ電話の命は何処へ?
茹だる、茹だるほど熱い環状線。ここにはない、ここに終点はない。左、左から右から鳴る踏み切りの音。
…でも、私はその電車には乗れない。
カラスは言う。
「あの頃にはきっと戻れないぜ。」
カラスは言う。
「君はもう大人になってしまった。」
― ― ― ― ― ― ―
夕暮れの駅のホーム。下を向いたままの後ろ姿。電線の下に咲いた赤い花。
『蓮二?』
背中の地面と目の前の顔。首に絡まる指の感触。求めても手に入らない酸素。
「名前は俺を愛しているか?」
答える余裕もない。だんだん苦しくなる呼吸。暗くなる視界に泣き顔のダアリン。
『ど、う、して…?わた、っしを、…こ、ろす、の…?』
首から離された手。今度は体を抱きしめる。視界の端の蹴っ飛ばされた看板。
「お前を愛しているからだ。」
耳元で囁かれた言葉。裏腹に線路に投げ出され宙に舞う体。近づく電車の気配。
『あ゛ああぁぁぁ――――!!!!!!』
― ― ― ― ― ― ―
『…またどうか、どうか愛を。』
終わらない輪廻を、誰か千切ってください。
『さよなら、ダアリン、ダアリン。ねえ、ダアリン?』
あの日私は、大人になった。
私たちは2人で1人。絶えずに想い合う。暮れ落ちた言葉は取り返せないでしょう?
『私も、あなたを愛しているの。』
ここには何もないし、誰もいない。だから、ダアリンも連れてきてあげるよ。私とダアリンだけの世界。
『どこにいるの?迎えにいくね?』
さよならだよ、ダアリン。ちゃんとお別れしてきてね。これが、輪廻。2つの意味をあなたは知っているでしょう?
『あなたが私を殺したのは愛していたから。私があなたを殺したのは愛しているから。』
――クルクル回る環状線を、1人哀れに歩めや少女――
リンネ
(生ある者が迷妄に満ちた生死を絶え間なく繰り返すこと。)
(執着の気持ちの強いこと。愛着。)