『だからさぁ…って、聞いてんの?幸村。』
「ん?あぁ、聞いてるよ。何?」
それって聞いてないじゃん。
さっきから上の空。目の前にいる私を通り越して、どこか遠くを見ている君。その視線の先をたどれば、あの子がいた。
『…そう。でね…。』
気付いてないフリをするのが上手になってるこの頃。
彼は最近あの子と付き合いだした…らしい。みんな、本当のことは知らない。知ってるのは幸村とあの子だけ。
もしかしたらそうじゃないかもしれないけど、何となく確信はあった。あの二人が好き合っていることは。…主に、幸村が。
高嶺の華と言われる幸村だけど、本人にとってはそんなことどうでもいい。だから恋くらいする。きっとそれが幸村の考え。君にとっては私はただの友人でも、私にとって君は大切な人なんだ。言いたいことはたくさんある。
でも、それが可能にならないのは、私がこの距離を縮めようとしないから。だって幸村の視線の先で友達と笑っているあの子は、学年でも美人だと言われている子。そんな子に私が敵うはずなんてないんだもの。
「側にいて」って言えないくらい、好きな人が私にはいる。
「好きだよ」って言えないくらい、愛してる人が君にはいる。
私の想いは叶わない。だから、いなくなればいいと思った。そんなのただの八つ当たり。あの子でもなく、私でもなく、君がいなくなればいいなんて。
珍しく雪の降った日。
部活が終わるまで待ってて、と言われたから、吐く息より白い雪の中、幸村の帰りを待っていた。
「おまたせ、ごめんね」
『いいよ、どうしたの?』
「歩きながら話そうか。」
『うん。』
傘の向こう側に手を伸ばせば、落ちてくる六角形の結晶。
手のひらの中で溶けていく。
「オレ、留学するんだ。」
『…そう。いつから?』
「明日、立つ。」
『突然だね。』
「うん、ごめん。」
『何で私にそんな話を?』
「あと、言ってなかったのは名前だけだったから。」
『…そう。じゃあ、あの子には言ってあったのね。』
「え?」
『何でもないわ。』
いなくなればいいなんて、本気で思ってしまったから、私の本当のお願いは見事に叶わないまま。
「それから…。」
『さよなら、幸村。』
「え、待ってよ、名前!!」
君が何を言おうとしたか、私は知らない。だって、私は走り出したから。
もう二度と会えないのなら、このまま何も言わない方が、聞かない方がいい。だって、その権利があるのは私じゃなくてあの子。
だから、幸村の手の届かない所まで。
幸村の声の届かない所まで。
次の日。
私が一方的なさようならを言いっぱなしにしたまま、君は知らない国へ飛んでいった。
一言言葉が紡げたなら
(好きだと言うことも、行かないでとすがることも、出来たのかな。)