私達は、まだ子供だったんだ。自分だけじゃ生きていけなくて、どうしたって大人には逆らえなかった。
私が中3の冬。両親が離婚した。原因は明白だ。両親のすれ違い。
父は、仕事ばかりの人間だった。家庭を省みないとか、そういうのとは少し違うけど、いつも出張だ単身赴任だで家にいたことはほとんどない。
…だから私は、幼い頃に父と遊んでもらったことは一度もない。
母は、それでもそんな父を愛していた。でも、それ故に寂しさを感じ、他の男と遊ぶことを覚えてしまった。
…だから私は、幼いながらにこの家がいつか崩壊することを確信していた。
そして、母は違う男と再婚し、父は海外行くことになった。私は父方の祖母に引き取られることになった。
どっちにとっても私は荷物だった。
誰も私に本当の事を教えてなんてくれなかった。両親も祖母も何も言わなかった。
誰も私の話なんて聞いてくれなかった。両親と祖母が勝手に決めた。
そして、私はまた思ったのだ。私はまだ子供で、どうしたって大人には逆らえないと。
世の中とは、弱いもののためになど動きはしないのだと。
祖母の家は県内にはない。神奈川より西側の山に囲まれたところ。
神奈川で生まれ育った私には、そこは田舎としか言えない。山と田が大半を占め、電車なんて30分に1本やっとあるくらいで、冬は毎朝マイナスを記録する。
空気は美味しいし、水も美味しい。夜は星が良く見える。それでも、私は不便で面倒なそこに住まなければいけないのだ。
そして今日。私は、生まれ育ったこの地から離れることになる。あと、3ヶ月で卒業だと言うこの中途半端な時期に、向こうに移り住むのだ。
立海には寮もある。独りで生活できる環境はあるのに、誰も私をそこに残してはくれなかった。
『お世話になりました。』
「いろいろ大変だろうけど…頑張れよ。」
『はい。』
先生に挨拶して学校を出る。このまま特急に乗って新居に向かう。荷物はもう祖母の家に全部送った。
心残りはいくつかあるけど、嘆いたって仕方ない。変わらないから。
「先輩!!」
遠くから声が聞こえる。学校は終わってるとはいえ、部活サボったら、また真田に怒られるのに。
「ハァ…、ハァ…、名前先輩!!」
手を捕まれて、強制的に後ろを向かされた。
『…どうして来たの、赤也。』
追いかけてくるだろうことが予想できたから、わざわざ私がいなくなることを伝えなかったのに。
「な、何で、言ってくれなかったんすか!!」
『…言ったら、何か変わった?私はここいることが出来た?』
「そ、それは…。」
『私達子供はね、大人の都合でしか生きていけないものなんだよ。』
「でも!!」
赤也はまだ純情で、素直で、世の中のことなんて何も知らない。でも、赤也は…、赤也だけは、いつまでもそういう風に生きていて欲しい。…汚い大人に負けないように。
『赤也は、そのままでいてね。私達みたいにならないで。』
「先輩?」
『それじゃ、さよなら。』
繋がれた手を離して、頬に触れるだけのキス。そして再び、前を向いて歩き出す。もう、何を言われても振り向かない。
「絶対…、絶対に迎えに行きますから!!」
汚い世の中と、大人はもう見飽きたし、期待することも疲れた。
でも、そんな世界の中でも、赤也だけは信じてもいいかな、と少しは思えるんだ。
すれ違い、揺れる想い
(そして、次の年の春。私の高校に、神奈川から来た“切原赤也”という1年生がやってくることになる。)