氷帝学園 短編 | ナノ

第三次世界大戦――。
それは静かに始まった。一般市民には分からない、水面下で。
でも、確かにそれは行われていて、僕たちの新しい世界が生まれた。


“ピピピピ”

核シェルターの中に響いた小さな音。僕はそれで目を覚ました。…今日も、生きている。

世界大戦のあと、ほとんどの人が世界から消えた。僕が残っていたシェルターだけは助かったんだ。広い世界に残っているのは…僕だけ?
そんなはずないと思いたいけど、今日もポストの中は空っぽ。あの子からも返事が帰ってくることはない。

外に出てみた。
見渡す限りの荒野には、かつて僕たちの住んでいた世界の面影は跡形もない。木も花もない広大な大地がずっと続いているんだ。
綺麗だったあの青空を最後に見たのはいつだったかな…。静かな、静かな、この星には、もう何一つ残っていないんだ。

戦地に連れていかれた侑士をいつも思っている。心配で、帰ってきて欲しくて。この思いは侑士が行く前から変わらない。だから、僕に約束してくれたんだ。

「この植木の芽が出たら帰ってくる。」

毎日それだけを信じて、ひとりぼっちの世界にいる。この、何もない世界に、命が生まれるのを待っているんだ。でも…、

『植木鉢の芽、今日も出てこないや…。』

会いたいよ…、侑士…。


それからも僕は待った。

でも、侑士は帰ってこない。手紙も来ない。植木鉢の芽も出てこない。

だから、僕は決心した。

『侑士、今から行くからね。』

これから、楽しいことがいっぱいある。嬉しいことがいっぱいある。そう信じて、植木鉢だけ持ってシェルターを飛び出した。

夢から覚めたら、ヒトリボッチのベッドを飛び出した。
未知の場所にたどり着いたら、化石になったシーラカンスに出会った。
スフィンクスの謎々に答えたら、彼のいるところを教えてくれた。
メモリーの中の君は、僕の問いかけにはまだ答えてくれなかった。

君に話したいことがたくさんある。したいことがたくさんある。だからとにかく、今はこの植木鉢だけを持って進んでいくんだ。

ヒナタボッコしている天使たちは、幸せそうな顔をしていた。
空から降ってくる大きな水玉は、新しい命を宿そうとしていた。
溶岩の溢れ出す大地は、少しずつ固まって新しい大陸を作り出していた。
メモリーの中の君を、僕はどこまでも行っても見つけ出すんだ!!

『…え?うわー!!』

空を見上げたその時、上から瓦礫が大量に降ってきた。それはまるで雨のように僕の周りに落ちてくる。

『痛ッ!!ちょ、痛い!!』

避けようにも、何もないこの大地には凌げそうなところはない。とにかく、植木鉢だけは守らないと…!!

「名前の為に俺はこの世界を守ろうとしとったんや。」

『…侑士?』

聞こえたのは、あの時の歌。差し出されたのは、プラスチックの傘。目の前にいたのは、笑顔の君。

『侑士!!』

気付けば、瓦礫の雨は止んでいて。でも、侑士もいなかった。植木鉢は無事だった。
助けてくれた。侑士が、僕を助けてくれた。きっと、もうすぐ近くにいるんだよね!!もうすぐ行くよ!!

…でも、瓦礫にやられた僕の体は、錆付き始めた僕の心は、もう思うようには動いてくれない。
目の前が霞んでフラフラする。さっきの侑士も幻だったのかな?それでも、歩く。どこへ向かっているかなんて、もう分からない。

(侑士…、侑士…、)

ただそれだけ。侑士に会いたい一心で、僕はここまでやってきたんだ。
…そして、遠くに人影が見えた。

『侑…、?』

あれ?違う、ただの木?でも、あの下に落ちているのは、…侑士の眼鏡でしょ?みんながからかって遊んでいた、侑士の伊達眼鏡。それから、あれは僕のあげた…。

『そんな、そんなはず…!!』

だって、帰ってくるって、言ったじゃん。ちゃんと、植木鉢守っていたよ?約束守っていたよ?なのに、どうして、侑士は守ってくれないの!?

見間違えるはずない。木の下まで行ったら、平べったい石に書いてあった、“YUSHI”。嘘…、嘘…、

『うわあぁあぁぁぁぁぁぁ!!』

この下で、君は静かに眠っているの?もう会えない、逢えない、あえない、アエナイ…。
流れ出す滴が植木鉢の上に落ちていく。止まることを知らないそれは、溢れるくらい植木鉢に溜まって、そして…。

『え、ぅわ!!』

植木鉢から出た芽が、僕を乗せて上へ上へと登っていく。落ちそうになりながらも、大きな双葉に掴まる。

「ごめんな、植木鉢ちゃんと持っとってくれたんやな。」

侑士の声が聞こえた気がする。この双葉が、侑士のところへ連れてってくれているの?
僕の思いに答えるように、双葉はスピードを増して天に向かって伸びる、伸びる。そして、僕は目を閉じた。

強い風が吹いて、僕は再び目を覚ました。目の前には、今度こそ本物の―――。

『…会いたかった、侑士。』

これからは、ずっと一緒にいてね…?


シェルターに届いた手紙には、もう誰も気付かない。
青空と植物の世界には、もう誰もいない。
でも、誰もが幸せな世界へたどり着いた。大切な誰かと再び出会えた。願わくは、この世界が永遠に続きますように。


*ハロー、プラネット。
(地球の平和と誰か笑顔が、永遠に守られたなら。最後の愛の歌を、僕たちの地球へ…。)

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