氷帝学園 短編 | ナノ

「あっついなー…。」

『あっついねー…。』

8月15日、午後12時半くらいのこと。今日は熱中症になりそうなくらい天気がいい。大会が終わった直後で、しかも負けちまったから、しばらく部活が休みになった。することもないから、眩しい日差しを避けて、公園で名前と駄弁っていた。

『あついあつい、夏嫌いー。』

「何の季節だったら好きなんだよ。」

『んー…、でもまぁ、夏は嫌いかな。』

愛猫の黒猫を撫でながら、本当に嫌いそうにふてぶてしく名前は呟いた。

「答えになってねーんだけど?」

『がっくんはー?』

「んー…テニスできれば季節何てかんけーねぇかな…。」

『答えになってないよー?…あ、』

名前の腕から抜け出した猫が公園から出ていく。

『あー、待って!待って!』

後を追いかけて名前が飛び込んでしまったのは…赤に変わった信号機。

「ぁ…、あっ…、あぁ…。」

バッと目の前を通ったトラックが君を轢きずって行く。
地面と人間とトラックが擦れ合う、何かが鳴き叫ぶような音。誰かの叫ぶ声。ブレーキを掛けたトラック。後に残ったのは赤い跡。

「ゲ、ゲホッ、ゲホ、ゲホ、」

血飛沫の色、君の香りと混ざり合ってむせ返った。嘘だろ、何だよ、何でだよ。陽炎のせいなのか、俺のせいなのか、目の前の景色が揺れている。何故か誰かが、嘘じゃないぞ、って嗤っていた。蝉の声がやけに煩くなった。
…そこで俺の視界は途切れた。


「ッ!?はぁ、はぁ、はぁ…、なんだ…、夢かよ…。」

目を覚ましたのは、いつもの俺の部屋のベッド。時計の針の音がやけに響いて聞こえて現実意味を増した。まだ14日の午前12時過ぎくらいだった。

「…もっかい寝よ。」

やけに煩い蝉の鳴き声が耳に残っていた。


「…って夢を見たわけ。」

『不思議だねー。』

翌日、また公園で名前に会った。夢で見たのと同じ日、同じ時間。昨日見た夢を思い出して、名前に話した。

「予知夢とかだったら怖くねー?」

『…そうだね、じゃあ、トラックに轢かれないように今日はもう帰ろうか。』

また黒猫を撫でながら名前は言う。一緒に公園から出て青の横断歩道を渡って、道に抜けた。

「…あれ?」

しばらく行くと、隣を歩いていたはずの名前の姿がない。周りの人たちが上を見て口をあけていた。

「名前!?」

振り向けば、落下してきた鉄柱が君を貫いて突き刺さっていた。さっきまで俺が立っていた場所。

「キャ―――!!!!」

誰かの劈く悲鳴。またかよ、これも夢か?何でいつも名前が死ぬんだよ、トラックを回避したら鉄柱?そんな馬鹿な話ねぇだろ。
吐き気がする。原形をとどめていないそれは、もうなんだったか分からなくて。また陽炎のせいで景色が揺れている。誰かが夢じゃないぞ、って嗤ってる。眩む視界に映った君の横顔が笑っているような気がした。

「何で笑ってるんだよ…。」

…俺の視界はここで途切れた。


「ッ!?はぁ、はぁ、はぁ…、なんだ…、夢かよ…。」

目を覚ましたのは、いつもの俺の部屋のベッド。時計の針の音がやけに響いて聞こえて現実意味を増した。まだ14日の午前12時過ぎくらいだった。

「なんだよ、どういうことだよ。」

夢じゃない?…それもおかしいだろ。巻き戻ってる?…意味わかんねー。
…とりあえずもっかい寝よう。

翌日、また公園で名前に会った。夢で見たのと同じ日、同じ時間。昨日見た夢を思い出して、名前に話した。

「トラック回避したら、鉄柱が落ちてくるんだ。」

『そんなに私を殺さないでよねー。』

黒猫を撫でながら、名前は呟く。

「今日はゆっくり帰ろうか。」

早く帰れば鉄柱、猫を追いかければトラック、ゆっくり帰れば線路に落ち、公園で会わなければ火事。
名前は15日に必ず死ぬ。その度に14日に巻き戻る。視界が眩んで気がつけば俺は部屋のベッドの上。何度も何度も巻き戻って、何十年分の8月15日を迎えた。

「くっそ…、どうすりゃ名前は死ななくて済むんだよ…!!!」

今日も名前は鉄柱に突き刺さって死んだ。俺は今ベッドの上。
…本当は気付いていたんだ。どうしても名前が死から逃れられないなら、この連鎖から逃れられないなら、いつか見たマンガのような、夏によくあるこんな話なら…。

方法は、たった1つだけ。

一番簡単で、一番辛くて、一番難しい。…どうせやるなら、トラックにしようか。
最後の結末に賭けてみようか、この繰り返した夏の日の向こうへ。


『…あ、』

名前の腕から抜け出した猫が公園から出ていく。

『あー、待って!待って!』

「お前が待てよ!」

バッと押しのけ飛び込んだ、瞬間トラックにぶち当たる。痛いとか、痛くないとかわかんねぇもんなんだな。名前は、いったい何回こうして死んだ?
血飛沫がいろんなところへ飛び散って乱反射。視界に映った名前の顔は泣きそうな、呆然としたような。
文句ありげな陽炎に「ざまぁみろよ」って嗤ってやった。鉄柱の時に名前が笑って見えたのは、あの時俺を助けていたからだったのか。

あれ…?名前って…、誰だっけ?あいつと俺、一体どこでいつ知り合った…?
…俺の思考はここで途切れた。

それは、実によく在る夏の日のこと。そんな何かがここで終わった。…はずだった。


目を覚ました8月14日のベッドの上。

『またダメだったよ。』

1人、黒猫を抱きかかえた少女は呟く。

『一体、何人犠牲にしたら、私は救われるのかな。』

きっと彼は次目が覚めたら、8月16日にいるだろう。私のことなんか覚えてないだろうけど。

「お嬢ちゃん?どないしたん?」

公園で黒猫を撫でる少女に、また1人近づく影…。


カゲロウデイズ
(終わらない、よくある夏のお話。)

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