「俺、留学することにした。」
亮は突然私の部屋に来てそう言った。
『そっか…、やっぱ行くんだ。』
昔から亮は言っていたんだ。“世界でテニスがしたい”って。
全国大会は終わった。氷帝は優勝出来なかったらしいけど、その少し後に亮に留学の話が来たことを私は知ってる。
ずっと前から夢だったんだもんね。…断るはずないよね。
もう決めたんだよね。…今までみたいには会えなくなるね。
『そっか、そっか、そっか…。…またね、またね。』
幼馴染みだったんだ。中学校は違うから、毎日は会えなかった。それなのに、今よりもっと亮は遠くに行こうとしてるんだ。
こんな時は、「頑張れ」とか、「諦めるな」とか、「気を付けて」とか、言えたら良いんだろうな。「何かあったら帰っておいで。いつでも待ってるから」とか…。言いたいことはたくさんあったんだ。いつか来ると思ってた今日のために、ずっと考えていたはずなのに。
(そっか、そっか、そっか…。…またね、またね。)
でも、胸に黒い穴みたいなのが開いて、何も言えないんだ。自分でも驚いてる。
だから、ただ、バカみたいに同じ言葉ばっかり繰り返してる。
『またね…。』
「ごめんな、何の相談もしなくて。」
亮は空港に向かう車の中でそう言った。
『大丈夫、分かってたよ。』
そう、分かってた。分かってたつもりだったんだ。
留学の話がなかったとしても、いつか、亮は行っちゃってたんだろうから。どっちにしろ、いつかきっとこんな日が来るはずだったんだ。
…でも、やっぱり、いざとなると厳しいね。何も言えなくなるんだね。
(そっか、そっか、そっか…。…またね、またね。)
またあの日と同じことしか言えない。言いたいことはたくさんある。言われたいことだって、きっとたくさんある。何も言えない私を亮はどう思ってるのかな…。
こんな時は、君を想う気持ち(好きだよ)だとか…、単純に応援してる(頑張れ)とか…、言って欲しいんだろうな…。
笑顔で見送らなきゃいけないのに…。「後は任せておけ」とか何で言えないのかな…。
『そっか、そっか、そっか…。…またね、またね。』
言葉にならないから、亮の手を握りしめた。この手でこの気持ちが全部伝わるはずなのに。
なのに、ただ、バカみたいに握りしめたまま離せずにいる。
『またね…。』
「じゃぁ、行ってくるな。」
亮は出発前にそう言った。
『うん…、またね。』
毎日は、一緒にいられなかった。それでも、小さい頃はいつも一緒にいて、まるで兄弟みたいに過ごして来た。
…ただ、側にいるだけの毎日が、これほど大切だったなんて、何で、今気付くんだろうな。
でも、「寂しい」とか、「置いてかないで」とか、泣き言も言えないくらい、ゲートを越えた君はとっくに、前だけを見ている。
一生、会えないわけじゃないんだよね?またきっと、帰ってくるんだよね?
言葉じゃまだ言えないけど、君が活躍する姿をこんなに、1番楽しみにしてるのは、世界中で私なんだから。
だから…、
『亮!!』
振り向く君にかける言葉はこれだけ。…やっと、笑顔で言えるね。
『またねっ!!』
君に言葉を一つだけ。
(この一言にこんなにもいろんな思いが詰まってるってことは、きっと一生言えないんだろうな…。)