青春学園 短編 | ナノ

最後の記憶は、華やかな街明かりと、麻酔を打つ瞬間のエーテルの冷たさ。

私がこの世界に来て、どれくらい経っただろう。
煙草を吸おうと思ったら、ライターのオイルが切れていた。買いにいこうと街に出た午前2時。いつもなら絶対入らないような路地に、何故か入らなきゃいけない気がして迷い込んだ。気付いたら建物の中。朧気な視界と記憶。椅子に座らされ、両手両足をくくりつけられ、刺された注射針。焼けつくように痛い胃に、気を失った。

全てが嘘なら、本当に良かったのにね。

次に目を覚ましたのは自分の部屋。でも子供サイズの自分と、子供の時の自分の部屋。考えるのが面倒になって、もう一度寝た。朝起こしたのは、去年亡くなったはずの母。

「今日から中学生でしょ?」

何言ってんの?中学、高校、大学出て、社会人になって3年くらい経った。今更また中学?母に連れられて行ったのは“青春学園”。

聞いたことあるぞ。昔はよく漫画を読んでいた。少女漫画も少年漫画も。週刊誌や月刊誌は毎回買ってたし、単行本も買っていた。大人になってからは買わなくなったけど、覚えてる。
…これは、テニスの王子様か。
そんなんで、25歳にして再び中学生になった。あの時何があって、どうしてこんなことになったのか、未だにわからないまま。帰りたい、すごく帰りたい。元の世界に戻りたい。

「油断せずにいこう。」

「まだまだだね。」

「俺達の力を信じよう。」

「バーニング!!」

「僕に勝つのはまだ早いよ。」

「なめんじゃねぇ!」

「暴れたんねーな、暴れたんねーよ。」

「完璧パーペキパーフェクトってね!」

「ちょっと上に登ってみたくなってね。」

私は彼らのこの世界を、望んでいたんだろうか。どうやったら帰ることができるんだろうか。

生意気スーパールーキーは、この世界の主人公は、私と同じクラスにいる。あまり覚えてないけど、たぶんあの漫画の通りにこの世界は進んでいる。
彼らと関わることはない、関わりたくもないけど。たまにテニスコートの横を通れば、校内ランキング戦だの、変な汁から逃れるためのランニングだのが行われている。
…私はうまく、中学生に紛れられているんだろうか。

越前リョーマの、首を絞める夢を見た。所詮は夢。どういう経緯で夢の中の私が彼を殺したのかは分からない。
光の溢れる昼下がり。春風に揺れるカーテン。細い喉が跳ねるのを、泣き出しそうな眼で見ている私。
目が覚めたとき、私は思った。この世界が彼の為にあるのなら、彼を殺せばこの世界はなくなるんじゃないか。
それからもう一度考えた。この世界が求めているのは彼。必要ないのは私。だったら、消えるべきは私の方か。

すこしずつ、記憶と自我が消えていく。私の思ったことと違うことをこの体は喋り出す。ほら、やっぱり私が消えるんだ。
どうしてあんなに帰りたかったのかわからない。そもそも帰りたかったところってどんなところだろう。どこだっただろう。私の知らないこの世界での記憶が植えつけられて、私の知っていたはずの記憶が消えていく。
それは確実に速い速度で、心を、感情をかき乱しながら。

全てが嘘なら、本当に良かったのにね。

核融合炉に飛び込んだみたいに、真っ白になっていく記憶に、新しい記憶が植えつけられて、私がいなくなる。いっそ本当に飛び込んでみたいと思う。
そしたら、すべてが許されるような気がして。私がこの世界に来てしまったことも許されるだろうか。
そしたら、また昔みたいに眠れるような気がして。夢の中で彼を殺してしまうこともなくなるだろうか。

ベランダの向こう側で階段を昇ってゆく音。
陰り出した空が、窓ガラスに、部屋に落ちる。
拡散する夕暮れは、泣き腫らしたような陽の赤。
融けるように少しずつ、少しずつ死んでゆくのは私の世界。
時計の秒針や、テレビの司会者や、そこにいるけど見えない誰か。
笑い声が、音が、ひとつひとつ飽和して反響する。

誰もみんな消えてく夢を見た。所詮は夢。どういう経緯で夢の中の私がひとりになったのかは分からない。
真夜中の部屋の広さと、静寂が胸につっかえて、上手に息ができなくなった。
目が覚めたとき、私は思った。何で私は一人になってしまったんだろう。置いて行かれてしまったんだろう。
それからもう一度考えた。違う、世界から消えたのは、私の方か。

耳鳴りが消えない。止まない。確実に速い速度で、心を、感情をかき乱しながら、私は消えていく。夢の中と同じ、真っ暗で一人きりの部屋。
核融合炉飛び込んでみたら。そしたら、きっと眠るように 消えていけるんだ。私のいない朝は、今よりずっと、素晴らしくて、全ての歯車が噛み合った、きっと、そんな世界だ。それがきっと、正しい世界だ。
次に目覚めたとき、私はまだここにいるだろうか。

越前リョーマの、首を絞める夢を見た。所詮は夢。どういう経緯で夢の中の私が彼を殺したのかは分からない。
光の溢れる昼下がり。春風に揺れるカーテン。細い喉が跳ねるのを、泣き出しそうな眼で見ている私。
目が覚めたとき、私は思った。この世界が彼の為にあるのなら、彼を殺せばこの世界はなくなるんじゃないか。
それからもう一度考えた。この世界が求めているのは彼。必要ないのは私。だったら、消えたのは私の方か。

…って、どういう意味だろう?学校に行ったら、越前くんに謝っておこう。夢の中でだけど殺しちゃってごめんて。もう夏に近くなってきちゃったけど、今からでも仲良くなれるかなー。


炉心融解
(失敗だったようだな、教授。)
(あぁ、もう一度試してみるか、博士。)

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テーマ「人外ファンタジー」
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