オレ等の夏は終わった。それは、先輩等が引退する日が近づくってことで。
…オレは取り残されてしまう。
天才、と呼ばれることが嫌やったわけやない。でもそれは、自分より下の人が先輩の中にもいるわけで。生意気やなんやと陰口言われることなんか、しょっちゅうやった。別に他人に何と言われようが、それは向こうの負け惜しみでしかない。だから、別に放っておけばええか、程度にしか思ってなかった。
でもそれを、一番本気で怒ってたのは、2年マネの香織さんやった。
その日も部活が終わって、1年やからネットやらボールやら片してから着替えに部室に戻ろうとしたとき、中から3年の先輩等の声が聞こえた。
「ホンマ生意気な奴や。」
「天才とか言うても、礼儀がなってへんよな。」
2年の先輩等は割りと仲ようしてくれる…ってか、勝手に関わってくるから絶対悪口は言わん。でも、3年の先輩には逆らえへんし、2年部長の白石部長もオレと同じようなもんやし。中学に入ってから始まった陰口やないし、そういうもんやってことも分かっとる。
とりあえず、聞かなかったことにしてその場を離れようとした。
『あんたら、いい加減にしぃ!!』
バンッと部室の扉が思いっきり開かれる音がして、驚いて振り返ってみると香織さんがずかずかと部室へ入っていった。
『いつもいつも聞いてれば!あんたら恥ずかしくないん!?後輩の悪口なんて先輩のすることとちゃうやろ!?そんなのただの負け犬の遠吠えや。光だって、練習しとるから強くなるんやろ!?天才ってなぁ、そう呼ばれるくらいになるまでどれくらい練習しとると思ってんねん。あんたらみたいなのが光の悪口言う資格なんてあらへん!!』
一通りまくし立てて部室から出てきた香織さんはオレを見つけてバツの悪そうな顔をして謝った。
『ごめんな、光。あんたは悪くないで。あの人等がアホなだけやから。』
「…ありがとう、ございました。」
『礼を言われるようなことはしてへんで。…辛いことあった何でも言うてや?』
今度こそあいつ等シメたるわ。そう言って香織さんは笑った。オレは、その笑顔が好きやった。
それから香織さんや2年の先輩等と良くいるようになって、3年の先輩等も何も言ってこなくなった。
今、オレがここにいれるのは、香織さんのおかげ、ってゆうこと。
…そんな、オレが1年前の春の話。
「財前…、オレ、次の試合出ぇへんから。」
「…は?」
「千歳に託そうと思うねん。」
「…なんで、いつもいつもあんたは勝手に…。」
「…ごめんな、財前。」
「あんたが出んかったら、千歳さんが出るんやったら、オレ…でれへんやん。」
「おん…そやな…。」
「…最後にあんたと戦えへんやん。」
「…ごめんな。」
「もうええわ。」
ユウジさんと小春さんが試合してる時に、謙也さんに呼ばれてそう言われた。あの人のことやから何かするとは思ってたけど、まさか試合に出ないと言うとは思わへんかった。
そのまま千歳さんとダブルスに出たけど、オレはコートの中には入れへんかった。…しかも、ポーチ失敗したし。
でもきっと、オレと謙也さんが出たって、結果は変わらなかったような気かする。
そう、オレの夏は…先輩等の夏は終わったんや。
『光…。』
「なんすか、香織さん。」
『ごめんな、光。』
「何で香織さんが謝るんすか。あのヘタレがいけんのですわ。変なところでカッコつけるから。」
『ヘタレのくせにな。』
「そうっすわ。ホンマ…ありえへん。」
『…謙也と、戦いたかったんやろ?』
「…。」
『光、謙也のこと、大好きやったもんね。謙也だけやないか。何やかんや言っても、蔵ノ介も、ユウジも、銀も、小春も、千里も、健二郎もみんな好きやもんな。』
「…そうっすね。」
『可愛えな、光は。金太郎とはまた違った可愛さや。』
「嬉しくないっすわ。」
ニコニコと笑う香織さんの目尻に涙が浮かんでることをオレは見逃さなかった。
『光…。』
「なんすか?」
『笑ってや。』
「へ?」
『泣かんで、光。』
泣いてることになんか自分でも気付いていなかった。ゴシゴシと目をこすって誤魔化してみる。
「泣いてなんてないっすわ。…香織さんこそ、泣かんといてください。」
『泣いてなんかないし!!』
二人で泣きながら笑った。
『来年こそ、優勝してや!!』
「もちろんですわ。」
取り残される恐怖を知った夏
(きっと、夏はまだ終わらない。先輩等がいなくなったって、その証はオレと遠山が残すから。取り残されたってオレは一人やない。)