向日葵が教えてくれたことを、向日葵なくなったからって忘れていいわけじゃない。
そんなこと、みんな分かっているんだ。…本当は、君だってそうだろ?
全国大会に出られることになった。俺はあの日、宍戸に負けたままだから、試合には出られないけど、出来ることをしようと思うんだ。
向日葵が教えてくれた、俺に足りなかったもの。今なら、それがわかるから。
『萩先輩に足りないのは、努力すること。』
俺に勝ったのに、レギュラーに戻れなかった宍戸は監督を追いかけて行った。みんなも追いかけて行った。
一人コートに残ったまま、宍戸に負けた俺のところにやってきた向日葵はこう言ったんだ。
…さっぱり、意味が分からなかった。
『亮先輩は不動峰の人に負けてから、本当に血の滲む努力をしたんです。でも、萩先輩は何もしてこなかった。…それが、負けた原因ですよ。』
言われてから、気づいた。俺は部活には出てたけど、特に自主練をしてるとかはなかった。それでも負けないから。自分には才能がある、俺に敵う奴なんていない、と心の底では思っていたから。…だから、本当に努力した宍戸に、勝てなかったんだ。
「向日葵…、俺は…。」
『宍戸先輩に負けて、悔しいですか?』
「悔、しい…?」
宍戸に負けたことが?
レギュラーから落ちたことが?
…違う、自分の才能に過信しすぎて、努力して勝とうとしなかったことが。
「…そうだね。もっと、戦いたかった。もっと、勝ちたかった。」
『…先輩がそう思うなら、きっともっとできることがありますよ。亮先輩のようにレギュラーに戻ることは難しいかもしれません。でも大会はまだ、終わってません。…亮先輩はきっと萩先輩の分も戦います。そういう人ですから。萩先輩はこれから、そんな他の先輩たちを支えることが大事なんじゃないですか?』
向日葵はそう言ってしばらくしてからいなくなった。関東大会の初戦で青学に負けた時、みんな泣いたけど、来年の為に頑張っていこう、そういう感じだった。
…でも、今は違う。向日葵がいなくなった。死んだ。これはただの絶望だった。何かのキッカケがないと、きっと俺たちは前に進めない。
そうだろ?…忍足。
俺たちは、みんな前に進んだよ。全国大会、大きなキッカケだよね。向日葵が、用意してくれたのかもしれない。
氷帝の天才は忍足で、俺じゃなかったけど、向日葵はよく言ってたよね。
『天才っていうのは、努力してる人のことを言うと思います。だから、先輩たちはみんな天才なんですよ!!』
忘れたとは言わせないよ?だって、向日葵を1番に思ってたのは、君なんだろ?後は君だけだ。
「学校、来なよ。」
「…。」
忍足は俺がしゃべってる間中、黙ったままだった。そして、話し終わった後も口を開こうとしない。
「忍足!!」
「…っと…て。」
「…え?」
何かを小さくつぶやいた気がした。
「分かっとる…、せやから…ほっといて。」
「…まだそんなこといってるの!?いい加減にしなよ、みんながどれだけ心配してるかわからないの!?向日葵は、もういないんだ…!!どんなに想ったって、もう、帰って、こないんだよ…。」
…いい加減、我慢の限界だった。全国への出場が決まった日から、みんな必死で練習を始めたんだ。何もしてこなかった今までを取り戻すくらいに。今も学校で練習してる。だから、みんなに代わって、試合に出られない俺がこうして忍足の元までやって来たっていうのに。
俺の目から、涙が零れ落ちる。向日葵がいなくなった事実を認めたくないのは、誰だって同じだよ…。
それでも…。
「…だったら、俺が君の代わりに大会に出るから。それで、いいんだね…?」
もう、忍足は口を開かない。無言は肯定と受け取っていいんだよね?
俺たちは、君を置いてでも、前に進むからね…。
彼の心の奥底なんて、知りもせずに。
(…俺は、無理矢理現実を突き付けることしか、出来なかった。)