天国からの歌声 | ナノ

夢の中にいる君は目が覚めるといない。
どっちが現実かなんてわかってたから、夢見ることを止めた。


本当に大事な子だったんだ。いつもオレ達の側にいてくれた向日葵は、誰よりもオレ達のことを分かっててくれて
た…。
何でも一人で抱え込む跡部を支えてくれて。
いつもはふざけてるのに、いざとなると大人になれるように岳人を成長させてくれて。
人と関わって自分の思いを伝えることを日吉に教えてくれて。
音楽を楽しく聴くことを鳳に教えてくれて。
悔しさをバネに強くなる方法を宍戸に教えてくれて。
努力すること、才能に溺れないことを滝に教えてくれて。
仲間に心を開くことを忍足に教えてくれて。
それから、オレに…人を好きになることを教えてくれた。

向日葵は泣いたり、弱音を吐いたりしない子だった。いつもニコニコしてて、自分より人を優先させる子だった。
でも、一度だけ。オレは向日葵が弱音を吐いてることを聞いたことがあった。…弱音っていうのかも、オレにはよく分かんないんだけど。

いつも場所を転々と変えながら昼寝するのが、オレの日課。それを毎日起こしに来るのが、向日葵の日課。
どこで寝てたって向日葵は絶対見つけるんだ。裏庭だったり、空き教室だったり、屋上だったり、とにかくいろんな所にオレの昼寝場所はあった。どこも、だいたいみんな知ってて、向日葵以外にも起こしに来れた。
でも、一ヶ所だけ。向日葵とオレしか知らない、秘密の場所があった。旧校舎の教材室。旧校舎は今は何も使ってないから人が来ることはほとんどない。みんなもオレがここにいるとは思ってないから、探しに来ることもない。
ここに来れるのは向日葵だけ。
起こされても、いつもはなかなか起きれないけど、向日葵が来るときはちゃんと起きれてたんだ。

旧校舎の教材室で昼寝をしてたんだ。3年になったばっかりの春。ぽかぽかした陽気が気持ち良くて陽の当たる窓際で昼寝をしてた昼休み。
向日葵が来た音がして、目が覚めた。覚めたけど、寝たふりをしてた。少しでも向日葵と一緒にいたいから。

『ジロー先輩、起きてください。授業始まっちゃいますよ?』

目は開けてないから顔は分からない。でも、声が震えてた。…泣いているように聞こえた。『…ジロー先輩。人に想いを伝えるのって、難しいですね…。』

向日葵が吐いた弱音。たったそれだけだったから、誰に何の想いを伝えられなかったのか、分からなかった。でも、向日葵に好きな人がいることが、何となく分かってしまった。だからって、オレが何かしたとか、そんなことは全く無かったけど。向日葵が幸せになるためなら、オレはどんなこともしようって、ずっと思ってた。思ってたのに…、向日葵はそれを叶える前に、いなくなったんだ。


あれからずいぶん経った…ような気がする。ちゃんと何日経ったかなんて数えてなんかない。だって、向日葵はいないのに、この世界は何も変わらずに廻ってる。
向日葵がまだ居た頃にオレ達の大会は終わってたし、何もすることなんて無い。それでも、向日葵がいたときの記憶を辿るようにオレは毎日学校に行った。
授業にも出てみたし、部活にも出た。裏庭にも、空き教室にも、屋上にも、旧校舎の教材室にも行った。でも、どこにも向日葵はいなかった。まぁ、それは当たり前だけど。だって、向日葵は死んじゃったんだから。

世界は何も変わらないし、オレ達も何も変わらないような生活を送っている。でも、変わったこともある。
例えば…忍足が、学校に来なくなったこと。オレが、昼寝をしなくなったこと。

向日葵があの日、泣きながら言っていた相手は忍足だったことを、オレはしばらくしてから気付いた。
あの頃、ちょうど、忍足に彼女が出来たことがあった。…まぁ、ただの疑惑で本当は違ったらしいんだけど。だって、忍足だって向日葵が好きだったんだから。だから、向日葵が死んで、忍足は学校に来なくなった。…正しくは、来れなくなった、だけど。

向日葵とオレだけの秘密の場所。旧校舎の教材室。
もう、ここで昼寝してたって、起こしにきてくれる人なんていない。もう、どこにいたって、簡単に見つけてくれてた君はいない。
オレの昼寝が減ったのは、オレがどこで寝てたって、向日葵はもう起こしてくれないから。

「向日葵…、」

君のことが好きだったのは、オレや忍足だけじゃないんだよ?鳳だって、そう。
好きの意味は違っても、跡部も岳人も宍戸も滝も日吉も。みんな、みんな、君のことが大好きだったんだ。
きっと君もオレ達のこと、好きでいてくれたよね?

「好きだよ、今も。これからも。」

今も聞こえてくる君の歌声を子守唄に、オレは久しぶりに目を閉じた。

今でも、君を好きでいる。
(…この想いが二度と届くことは、ないんだけど。)


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