俺たちの世界。俺たちだけの世界だった。自分で破ったその殻を、守れなかったその存在を。
その思いに俺は、応えられていたんだろうか。
滝先輩が忍足先輩の家に行ったらしい。しかし、何日経っても忍足先輩は学校にはやってこなかった。滝先輩は何も言わない。その代り、一人足りなくなったレギュラーに混ざって練習するようになった。
全国大会に向けた練習が始まり、放課後になればコートに集まる。この風景は、一体いつ振りだろうか。活気に溢れた、氷帝学園男子テニス部。少し前まで当たり前だった日々だが、そこに向日葵はいない。忍足先輩は来ない。でも、これがこれからの俺たちの日常だ。
先輩たちには、聞こえているんだろうか。この歌声が。何となく、恥ずかしくて聞けずにいる。
“向日葵の声が聴こえますか?”なんて。今も、ずっと、聴こえてくる。
「滝、忍足はもういいということか?」
「さぁ、俺にはこれが限界だったよ。向日葵じゃなきゃ無理、ってことかな。」
「ねえ跡部。俺向日葵に会ったよー?」
「「「「「「はぁ?」」」」」」
「夢の中で会ったんだ。歌だけじゃない、向日葵はちゃんと俺たちを見てる。」
「忍足さんを置いて行くな、仲間を見捨てるな、って。」
「鳳も会ったのかよ!!」
「俺は会ったわけじゃないですけど。あの歌の意味、思い出したんですよ。」
「…意味?」
「関東大会の後。向日葵があの歌を作ったのは、そのタイミングのはず。」
「でも、あれは恋の唄だろ?」
「メンバーの誰かに、だったんだろう。まぁ、忍足だろうがな。」
「…たまたまあのタイミングだったものが、今役に立ったと?」
「いや…、あいつは見越していたんだろう。自分がいなくなったあとのことを。」
「あの時は分からなかった。でも今なら、ってことか。」
「…忍足先輩のところに行きましょう。」
先輩たちも、きっと聴こえていたんだろう。この歌声が。誰も疑問に思わなかった。聞こえていたのか、知っていたのか。誰もが思っていたけど、口には出さなかった。
“向日葵の声が聴こえるか?”なんて。
きっと、向日葵の想いは伝わったはずだから。今は、忍足先輩に分かってもらうしかない。今も、ずっと、聴こえてくる。
…それは、そう、向日葵からの最期の――。
「「「「忍足!」」」」「侑士!」「忍足先輩!」「忍足さん!」
「な、なんや、自分ら…。」
誰もが思っていた。――向日葵の死を認めたくないと。
誰もが想っていた。――向日葵というたった一人の存在を。
誰もが聞いていた。――向日葵が自分たちを想っていた心を。
誰もが聴いていた。――向日葵からの最期の訴えを。
誰かの為に泣くことも、怒ることも、できそうにない。俺たちは、向日葵じゃないから。代わりなんてできないから。
どんな言葉をかけて欲しいのかなんて、分からない。俺たちは、忍足先輩じゃないから。優しい言葉を並べるだけじゃダメだから。
俺たちのやり方は、俺たちの出来ることは…。
「あなたの本当の想いも、聞かせて貰えますか?」
仲間として、側にいること。共有すること。
今まで、抱えてきた想いは。
(形は違えど、誰もが同じだった。言い出せないだけだった。)