運命の出逢い編 -2-


「ねえ、今更だけど俺は君の事を何と呼べばいいのかな」

「あ? 呼ぶ必要もねぇだろ。早く喰えよ」

「食べれる訳ないだろ!!」


 今は自分の家、自分の部屋。

 家に着くなり「今日はもう休んだ方が良いです」と菊に背中を押されて自室へと続く廊下を歩いていたら、菊と面識のあるフランシスが予定より早い帰宅に興味でも沸いたのかわざわざリビングから出てきた。
 直ぐに背後からフランシスの爆笑が聴こえて来る。菊がどんな説明をしたのかなんて考えたくもない。
 途中、今日の収穫物である苺はリビングの机にビニール袋ごと乗せ置いた。中から苺男だけを取り出して自分の部屋へ向かう。
 けれど俺が自室の机の上に苺男を下ろそうとした際、突然暴れ出して「おい、汚いだろ!ちゃんと皿に乗せろ!」と言ったので、俺は一度リビングに戻り未使用の皿を持って来てから、その上に苺男を乗せてやった。
 廊下に出た時、俺の耳には聞きたくも無い声が届いた。フランシスがまだ馬鹿みたいに笑っていた声だ。

 ……そして今、妖精とは呼びたくないが苺男とも直接は呼び難い俺は、皿の中央を陣取って腕を組む彼に一応名を尋ねてみたのだが、とんでもない答えが帰って来たという訳だ。

「んだよ……変わった奴だな、お前」

 俺が食べれないと言った理由を、どうやら『自己紹介しないと食べられない』と取ったらしい。「アーサーだ」と短く教えてくれる。
 俺はその苺男……アーサーと向かい合う形で椅子に腰を降ろした。なんだか物凄く疲れたんだぞ……。君の方が変わってる、って言葉は喉から飛び出す勢いもなくストンと胃に落ちた。
 一応の礼儀として「俺はアルフレッド」と短く返す。普段ならばこの後「ヒーローさ!」と続けて格好良く決めてみせる所だけど、苺男相手にそんな気にはなれない。
 苺男は「アルフレッド?長ぇよ!アルで良いだろ」などとケラケラ笑いながら言う。笑うと更に幼く見えた。

「……で、アーサー……君は、その、苺の妖精なのかい?」

「ああ。ブリタニア・ストロベリーっつー苺の妖精だ。お前はどうやら俺の姿しか見えてねぇみたいだが、お前がさっき置いて来た奴等、みんな俺と同じ妖精だぜ?誰かに美味しく喰われて喜ばせる事でストロベリー・エンジェルっつー天使になれるんだ」

 我ながら馬鹿な質問をしている自覚はあったが、アーサーは至って真面目な顔で答えてくれた。ストロベリー・エンジェルは略すと「ベリ天」になるらしい。そしてそれは、アーサーたち妖精の夢らしい。どうでも良い……どうでも良いよ。
 俺は頭を抱えたくなる衝動を堪え、もう今日で何度目になるのか分からないがアーサーをまじまじと見詰めた。うん……人だ、人だよこれ。凄く小さいけど確かに人の姿をしてる。
 もしこのアーサーを食べられる人が居たら、恐らく自分はその相手に半径5メートルは絶対に近付かないだろう。

「……ずっとこのまま、此処にこうしては居られないのかい?」
「ア? 俺に腐れってか」
「うう…………」
「……お、俺だって別にそのまま食えとは言わねぇよ」
「アーサー……」

 俺の苦悶の表情から何か感じ取ったのか、アーサーが少し気遣わしげに口を開く。何か解決策が……。

「練乳でも掛けて喰えばいいだろ? ……あ、けど牛乳掛けて潰すだの、溶かしてジャムにするのは出来れば勘弁して貰えると有り難いんだが……いや、お前がそう喰いてぇなら無理にとは言わねーけどよ」

 ゴンッ、と俺が机に額を打つ音が響く。想像するな……想像したら駄目だ俺!
 もう身体を起こす気力もなく顎を机に乗せたまま顔を上げると、俺の反応に食べて貰えない不安でも感じ取ったのか、アーサーが不遜な態度を軟化させて必死に言い募ってくる。

「お、俺は練乳が一番おすすめだけどな、別にお前の好きにしたって良いんだぜ? ……っお前の為じゃないんだからな!? 俺の為だ。……だ、だからって別に俺が練乳ちょっと舐めたいとかそんな訳でもねーぞ!? 勘違いすんなよバカ!」

 ……前言撤回。やっぱり不遜だ。
 よく分からないけど、確か以前菊に見せて貰った漫画に出て来た『つんでれ』とかいうヒロインがこんな感じだった気がする。
 俺はそのヒロインの顔を目の前のアーサーに見立てて想像してみたり、脳内でヒロインに練乳を掛けてみたりして現実逃避を図った。って駄目だろ俺はこんな非常事態に何を考えているんだい!

「おい、俺の話聞いてんのか!?」

 いよいよ頭を抱えてしまった俺に向かってアーサーが喚くのは無視して、さっきから駄目駄目続きの自分を叱責する。

 ん?さっきから……?さっき……?俺の中で何かが引っ掛かった。

 痒い所に手が届かない微妙な感覚と一人闘っていると、俺の意識を引くのを諦めたらしいアーサーが忌々しげに舌を打った後にこう毒づいた。

「ちっ、使えねぇ野郎だな……」

 ひく、と自分の片頬が引き攣るのが分かる。
 一体誰の所為で俺がこんなにも悩み、友人にはドン引かれ、兄には笑われたと思っているのだろう。

 こいつ、喰ってやろうか。

 そう、彼が嫌がったような、牛乳を掛けてぐっちゃぐちゃに潰したり、どろっどろのジャムに……ジャム……?

「……っ!!!」

 俺は勢よく立ち上がって皿の上のアーサーを引っ掴むと自室を飛び出した。
 頭の中ではアーサーの台詞「みんな俺と同じ」と、フランシスのジャムを作る発言と、鍋で煮られる小さなアーサー達の姿が渦を巻く。いや……流石にみんな同じ姿はしてないだろうけど。

 言い知れぬ罪悪感に責め苛まれて顔を蒼くした俺がリビングの扉を開け放つと、其処にはフランシスの姿があった。

「っ……フランシス! 苺は……? ジャムにしてしまったのかい?」

「よおアルフレッド、今日は随分と楽しんできたみたいだな? けどさー、少ないって。沢山採って来いってお兄さん言ったろー? あぁもう、女の子達と約束したのに」

 俺の顔を見るなり開口一番文句を言ってくる。
 質問の答えはフランシスと、彼の前の机の上を見て直ぐに分かった。
 ジャムにするには少なかったらしい苺は、既に机の上の何処にもない。あるのは空のビニール袋と、その脇には練乳のチューブ、そして皿の上に残された大量のヘタと、使用済みらしいフォークが一本だ。

 ああ……遅かった。

 アーサーの仲間達は、既にフランシスの腹に収まっていた。
 いや、ジャムにされるよりはマシだったのか?俺は痛ましげに手の中のアーサーを見遣る。苦々しげに顔を歪めて悔しそうだ。

 でも……うん。俺は自分の常識が彼に通用しない事を薄らと悟る。
 これはあれだ。自分より先に食べられる事の叶った相手を妬む眼差しだ。

 ガクリ、一気に肩の力が抜けた俺が扉を開け放したまま項垂れていると、フランシスが席を立って此方にやって来た。

「なになに、それ食べないの? ならお兄さんが貰っちゃうよ」
「!? だめだめ! これは駄目だよ!」
「ええー。……って、お前さぁ……。そんな事言われると普通は余計食べたくなるでしょーが」

 顎鬚を撫でながらの不適な笑みが怪し過ぎる。俺は慌てて片手に摘むだけだったアーサーを反対の掌で覆って、フランシスの視線から隠した。
 バリボリと咀嚼するフランシスの口からアーサーの悲鳴が響く様子を想像してしまい、思わず顔が青ざめる。

「いーじゃない、苺の一つくらいさあ」
「だ、駄目だって……ちょ……! フラン……っ……」

 苺の一つくらいと思うなら、そっちこそ、そのギラギラとした眼つきでアーサーを見るのを止めて欲しい。
 恐らく苺を沢山採って帰らなかった腹癒せと、俺が過剰反応してしまったが為に今更引くに引けないのだろう。戯れるようにしながらも、本気と書いてマジな眼差しで飛び掛かって来る。
 だけど、俺も此処で負ける訳にはいかない。
 大の男二人でドタバタと攻防戦が始まった。両手が使えない分、俺の方が明らかに不利だ。
 不意に、短時間でやけに耳に馴染んでしまった声が狭い掌の中でくぐもる。

「ぎゃー! 潰れる! 潰れるっての! アル!!」

 先程教えたばかりの俺の名を叫びながら、アーサーが悲鳴を上げた。
 フランシスにはこの悲鳴が聴こえないのか。俺はふつふつと沸き起こるような腹立たしささえ感じながら、先程から幾度も脳裏を過る度に躊躇った最終手段に出た。

「……あーっ! おまっ……あーあ」

 落胆の色濃いフランシスの声が上がる。俺は何も答えられない。アーサーを自分の口の中に入れているからだ。
 これで大丈夫だろう。フランシスを視線で牽制しながら、じりじりとさして広くもないリビングを後退る。
 アーサーには申し訳ない事をしてしまったけれど、後は自分の部屋へ戻って……。

「……そんな顔しなくたって、お前の口に入った苺なんかお兄さんもう要らないってー……の!」
「!!? ……っ……!」

 突然伸びて来た魔手に寸分反応が遅れる。
 面白くないとありあり顔に浮かべて興味を失くした様子をしていたフランシスに、油断した。投げ遣りに吐き出した言葉の最後と重ねて脇を擽るという暴挙に焦った俺は、そう……。

「……っ、……な……」

 分かってる。フランシスには悪気……はあっただろうけど、悪意があった訳じゃなくて。
 俺がこんな事になるなんて想像もしなくて。
 何よりアーサーは食べられたがっていたじゃないか。
 だから……だから誰も、何も悪くはない。
 分かってるさ……分かっているけど。

 気が付けば、俺はアーサーを飲み込んでしまった喉を押さえながら床へ崩れ落ちていた。
 フランシスが慌てて覗き込んで来るけど、見飽きたその顔が……ぼやけていて良く見えない。

 

戻る
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -