運命の出逢い編 -1-


 夏休みも残す所あと僅か。
 この雲一つない爽快な空の下、俺アルフレッドは友人の菊と一緒に最近出来た苺農園へ苺狩りに来ていた。
 受け付けを済ませ、渡された小振りなカゴを手に芳醇な苺の香りに満たされた農園を、美味しそうな苺を探して闊歩する。
 菊が一つ一つ選定しながらカゴへと集めているのに対し、俺は目に付いた苺を時折そのまま口へと運びながら手当たり次第にカゴへ放った。自然、菊との距離は徐々に開いて行く。
 時間制限は1時間半、採取制限はこのカゴ1杯。けれど取った其の場で食べても良いから、実質採取制限はないとも言える。

 なら、採って取って採りまくるしかないじゃないか!

 幸い、取り過ぎた所で処分には困らない。家に持って帰れば兄のフランシスが美味しいものを作ってくれるだろうし、何より既に「たくさん採って来いよ〜」と仰せつかっている。確かジャムを作るとか言っていたっけ。きっと女の子達に配るに違いない。
 農園と言っても透明なビニールハウスではなく、英国の広大な庭園を模して造られたらしい此処は、御洒落というか……幻想的だ。
 現に、明らかに目的を履き違えている若いカップルと思しき男女が、農園の一角に設えられた休憩スペースの、これまた絵本の中にでも出て来そうな……アルフレッドにとっては複雑怪奇としか思えない細工を施された可愛らしい真白なベンチに座って手を繋いでいる。きっと、一体何をしに来たのか……と問えば、この雰囲気の中デートしに来たと答えるに違いない。

「いてっ!」

 そんな事を考えながらぼんやり手足を動かし続けていたら、不意に痛覚を伝える声が近距離から上がった。誰かの足でも踏んでしまっただろうかと辺りを見渡すが周囲には誰も居ない。結構奥の方まで来てしまったようだ。
 それでも声の主を確かめるべくキョロキョロと首を巡らせていると、つい今し方……親指と人差し指とで摘んだ苺がもぞっと動いた。
 ……え……?

「ちっ、野蛮な奴だな……もっと丁寧に扱えっつの」

 潰れるだろうが、とヤンキー口調の低音が直ぐ傍から響くのを、まさかと思いながら自分の右手を掲げて視線を映す。手の中の苺に。苺に。苺に……。
 うん、苺……俺は苺を摘んだ筈だったんだけどな。

 俺の目に飛び込んで来たのは、赤い果実に黒いつぶつぶの種、緑のヘタを頭に乗せた可愛らしい小さな苺……ではなく、ボサボサの褪せた金髪にこれまたボサボサで特徴的過ぎる眉、不機嫌そうに歪められたやや幼く見える人の顔に、これだけは苺の……ヘタを思わせる緑色の布地を頭からすっぽり被った合間から覗く小さな手足。
 ……苺サイズの小さな男だった。

 口をポカンと開けてまじまじ苺男を見詰めたまま二の句を継げずにいると、ずっとブツブツ文句を言っていた苺男が俺の視線に気付いたのか顔を上げる。エメラルドグリーンの瞳と目が合った。

「……なっ……!? お前、まさか俺の声が聴こえんのか!?」

 俺は声もなくコクリと一度頷く。今度は苺男がポカンと俺を見上げた。
 暫し見詰め合う俺と苺男。
 正気付いたのは苺男の方が先だった。

「……ま、まあいい……。別に見られてどうって事もねぇからな。……おい、お前! 何時まで持ってるつもりだ? 早くカゴに入れろよ」

 俺が彼を摘む手とは反対の手に持つ、苺が入ったカゴを顎でしゃくって苺男が言う。俺は思考回路が追い付かず、言われる侭に苺男をカゴの中へと下ろした。
 その間、苺男は暴れる事もなく、また自ら俺の手を離れようとする事もなく、俺が手を離すその瞬間まで大人しく摘まれながら「俺は苺の妖精だ」などと自己紹介をしていた。
 そして、手を離すと苺の山の頂にちょこんと乗った。

「んだよ、ちゃんと丁寧に扱えんじゃーか。今後もその調子で……って、おい!?」

 相変わらず不遜な態度を崩さない苺男の声を何処か遠くで聴きながら、漸くまともに働き出した思考が次に取るべき行動を導き出すまま、俺はそれに従って走り出した。
 カゴを胸に抱え、苺男を手放して自由になった右手でカゴの口を上から覆う。苺男が振り落とされない様にとの配慮だ。

 だってこれは、世紀の大発見じゃないか!




「おーい! 菊! キク菊きくー!!」

「アルフレッドさん、そんな大声で呼ばないで下さい……如何したんですか?」

 羞恥と周りに対する申し訳無さだろうか、表情を硬くする菊に構わず俺はその顰められた顔の前にカゴを突き出した。

「菊! 見てくれよ!」
「えっ? ああ……美味しそうな苺ですね」

 ですが、アルフレッドさんならもっと沢山採っていらっしゃると思いました。そう続く菊の言葉が右耳から入って左耳を抜けて行く。
 俺は慌てて自分の目でカゴの中を見た。苺男はちゃんと居る。走った所為で平らに揃った苺の山の上で、四つん這いになって腰を擦っている。
 どうやら走った時にカゴの中で苺と一緒にシェイクされてしまったようだ。
 イテテ、と言いながらのろのろと顔を上げて俺を睨み上げる苺男を触れるか触れないかの距離で指差し、まだ整わぬ呼吸で肩を上下させながら俺は声高に叫んだ。

「菊! 君には見えないのかい!? この苺の妖精が……!!」

 瞬間、その場に居る全ての者が凍り付いたのが、KYだ何だと言われ……今も真白で何も考えられない俺の頭でも、分かった。

 その後の展開は早かった。

 制限時間まではまだ時間があるにも関わらず、菊に連れられて農園を後にした俺は、そのまま菊に連れられて帰宅した。

 ――その間の出来事。

 結局カゴ半分しか集められなかった苺を持ち帰り用のビニール袋へ移し替える際、苺男に他の苺と同扱いでも構わないと言われたのだがそんな訳にもいかず、他の苺をビニールへ入れてからこの不遜な苺男をそっと天辺に乗せた俺を見て、菊が可哀想な目をしていた。
 何でかって?俺が苺男と会話を交わしていたからさ!菊には苺男の声は聴こえなかっただろうけどね!気付いた時には、菊はとても離れた場所から俺を見ていたよ!


 

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