君がいる明日 - main
子どもの日


※歳の差兄弟
※子アルがショタ
※アーサーさんの頭がヤバいマジヤバい
※後半になる程シモネタ過多






 今日は子どもの日、待ちに待ったゴールデンウィーク。天気は晴れ。正に行楽日和。

「…アーサァー……」

 ……だった筈なんだが。

「アル、もう少し待ってな」

「もう! さっきもそう言ってたんだぞ!」

 頬を膨らますアルフレッドに返す言葉は無く。俺はハハ、と下手な作り笑いを浮かべて何とか遣り過ごしに掛かる。
 そう、考える事は皆同じ。悪天候が続いてる空が太陽を覗かせるのは今日だけだと、天気予報のくそったれが2週間も前から喧伝なさるものだから。
 寝ぼけ眼のアルフレッドを無理に起こしてまで早朝から家を出た筈なのに、目的地である遊園地まではまだまだ先が遠そうだ。「もう少しだから」そう繰り返している俺自身ですら嫌になってくる。
 否、実際距離的には本当にもう少しの筈なんだ。とばせば直ぐの距離。だと言うのに、見てくれよこの大渋滞。並ぶは並ぶ、車は続くよ何処までも。幅の広い道路の外は、眠気をさそう緑の自然。
 嗚呼この視界一面に広がる車の海さえ無ければ…と思わず夢想してしまうが、この調子だと喩えこの渋滞が無かろうと、駐車場を確保するのも一苦労だろう。いっそ車を乗り捨てて歩いて行きたい所だが、そういう訳にもいかない。

「俺もう疲れたよ……」

「うう……っ」

 こんな事なら、フランシス達も連れて来るんだった。そうして車を奴に任せ、俺はアルとマシューを連れて歩いて行けばいい。完璧だ。
 フランシスとは隣の家に住んでる従兄弟の事で、マシューはその弟だ。あの2人は、近所の市民プールに行くと言っていた。折角のゴールデンウイークに近場のプールなんて、……そんな大人の見栄を張った俺が馬鹿だった。心底後悔している。だがそれもこれも、元はと言えばフランシスが悪い。俺が泳げない事を知っていながら、揶揄するような事を言うからこうなったんだ。
 俺は、アルフレッドの前では格好良くて頼り甲斐のある、心が広くて優しく強く紳士的で完璧な兄で在りたかった。その矜持を折ろうとしたフランシスの罪は、海の底に沈む碇よりも重い。
 全ての怒りをフランシスに向けて変換する事は、俺の特技だ。ハンドルを握る手に知らず力を込めていると、助手席に身を沈めて窓の外を見ていたアルフレッドが、パッと顔を輝かせて外を指した。

「アーサー! あそこにお城があるよ!」

「あ、あー…あれはな……」

 離れた場所にポツンと見える城を模した建物。遠目で見ている今は立派な物でも、近くに寄れば酷く年季が入ってるだろう事はお約束。木々に身を隠すようにそびえる所謂ラブホテルを指差して、アルフレッドは今日一番にキラキラと目を輝かせた。

「行きたいんだぞ!」

「だっ、だめだ。その、お…お前にはまだ、早いと言うか……だな」

「ええっ!? やだよ! 車も全然動かないし、遊園地じゃなくてあのお城でいいから、お願いアーサー」

 助手席から身を乗り出したアルフレッドが、小さな両手で俺の腕を掴んで揺さ振る。
 俺はこの歳の離れた小さな弟が、可愛くて可愛くて堪らなかった。目に入れても痛くないとは、正にこの事だと言えるだろう。毎晩同じベッドで寝ているし、風呂に入るのも一緒だ。時折ふと、アルフレッドは一体いつまで一緒に寝てくれるだろうと考えれば、涙が零れて枕を濡らすぐらいアルフレッドに参ってる。恋愛だ結婚だと浮つく周囲には全く興味が湧かないし、それ所かアルフレッドをかどわかす女性がいつどこからやって来るのかと目を光らせている始末だ。
 アルフレッドはこの世に生を受けた其の刹那、きっと俺に魔法を掛けたに違いない。俺を虜にしてしまうような、そんな魔法を。誰に言っても信じて貰えないが、俺はそう信じている。
 因みにアルフレッドのファーストキスは俺だ。セカンドもサードも、この俺だ。この事は俺しか知らないし、俺だけが知っていればいいと思っている。誰かに奪われるぐらいならと自然と体が動いてしまったのだが、反省も後悔も今はまだしていない。大丈夫、寝ている時にしたからな、アルフレッドも気付いてないだろう。
 今まで俺は、子供を甘やかすしかない環境で育てられた奴は、碌な大人にならないと思っていた。だがアルフレッドは違う。アルは、優しくて正義感の強い子だ、頭も良い。このまま俺の背中を見て育ち、将来はスーツの似合う立派な紳士になると確信している。それに俺は甘やかしてるんじゃない、ただアルフレッドの望みは全て叶えてやりたいと思ってるだけだ。
 だって、そうだろう? 見ろよこの晴れた空をそのまま宝石にしたような目を。この目を曇らせていい訳があると思うか? ある訳ねえだろ。そんなの人間のする事じゃねえ。

「アーサー! ほらっ、ここを曲がらなきゃ、お城に行けないんだぞっ!」

 のろのろと進む車が、左折出来る横道に差し掛かる。アルフレッドが俺の服を引っ張りながら指を差した。この渋滞だ、此処を通過して仕舞えばUターンは不可能。そうすればあの城へ行く事は出来なくなるだろう。

「ねぇ、聞いてるのかい? ねぇってば、……あーさぁー……」

 ────つまり俺が何を言いたかったのかと言うと、俺はアルフレッドに……すこぶる弱いって事だ。



 ◇◇◇



「わお! 凄く大きなベッドだね! 見たことないぞ!」

「はは……」

 似たような客が多いのか、子供連れにも関わらず昼間から難なく入れてしまったホテルの一室に、俺達はいた。
 アルフレッドはキングサイズのベッドに飛び乗り、物珍しげに辺りをキョロキョロしている。
 天井にはシャンデリア、右手の壁は一面鏡張りで、部屋の奥には大きなベッド、手前はテーブルとミニソファ、隣の浴室はジャグジーの付いた泡風呂が楽しめて、ちょっとした仕掛けもあるらしい。安ホテルかと思ったが、なかなか良い部屋だった。色合いはピンクに紫と怪しい事この上ないが、アルフレッドが気にしていないようなのでこの際目を瞑る。

「アーサー、これなんだい?」
「ん?」

 呼ばれてアルフレッドの手の中を見れば、一体何処にあったのか、寧ろそんな物まで完備するなと叫びたくなるような代物が握られていた。動揺の余りに反応が出遅れ、アルフレッドの手によりスイッチが入れられてしまった玩具がウィンウィンと電子音を奏でて震え出す。玩具は玩具でも、アルフレッドにはまだまだ早い、出来る事なら一生縁なく過ごして欲しい玩具だ。

「ア、アル……!! それはダメだ! 捨てなさ……ぎゃっ!」

 慌てて走ったらテーブルに蹴躓いた。角の部分にシタタカニ脛を打ちつけ地味に痛い。拍子に着いた手が、机上にあったリモコンに触れてボタンを押してしまう。

「……わあ!」

 すると其れまで鏡だった筈の壁が見る間に透けて透明になり、向こう側の浴室がよく見えるようになった。仕掛けとはこれの事か。

「すごいや! ねえアーサー! 一緒に入ろうよ!」

「あ、ああ……。よし! 入るから、その手に持ってるのを俺に渡すんだ」

 素直に頷いて駆け寄って来たアルフレッドから手渡された其れ。スイッチを切ってついでに電池も抜き去ると、纏めてベッドの下に押し込んだ。

「アーサー! 早く早く!」
「お、おう」

 無駄にムーディーとエロスの演出がなされた部屋から、取り敢えずは慣れた空間である浴室に移動して、ほっと人心地つく。少し咽せる程の薔薇の香りがしたが、薔薇は嫌いじゃない。
 早々に服を脱いだアルフレッドは、バスタブの周りをキョロキョロとしている。他にも怪しい物があったら堪らないと、俺も急いで後に続いた。

「凄いねアーサー、2人で入っても広いんだぞ」
「そうだな」

 アルフレッドの手が、パシャンと湯水を掬う。

「また来たいね!」
「あ、あー……うーん……」

 なんと答えたものかと視線を泳がせている間に、アルフレッドの興味は他へと移ったようだ。バスタブの端まで移動して、脇にあったボトルを掲げてラベルに目を凝らしている。

「あろま…おいる…? ねえアーサー、入れてもいいかい? アロマオイル! いい匂いがして、リラックス出来るんだって!」
「ああ、いいぞ」

 頷いてやれば、アルフレッドは頬をピンクに染めてふわふわと笑み崩れた。かわいい。俺の弟は世界一かわいい。女の子じゃなくて本当に良かった。もしアルが女の子だったら、俺は心配で毎日毎日気が気じゃなかっただろう。
 アルフレッドの手がボトルの蓋をクルクル回して外すと、薔薇の香りが広がった。浴室に入った時からしていた香りは、どうやらこのアロマオイルのものらしい。正直今でも充分な気がしたが、すっかりその気でいるアルフレッドの興を削ぐ気にはならなかった。

「あんまり入れ過ぎるなよ?」
「うん! ……あっ、」

 ――どぷっ、ごぽっ。―――ボチャン!

 傾けたボトルから思いのほか勢い良く流れ出たオイルに気を取られたのか、アルフレッドの手から落下したボトルが湯面に叩き付けられ波紋を広げる。ゆっくり沈んで行くと同時に立ち込める噎せ返るような薔薇の香り。俺は慌ててボトルに手を伸ばした──瞬間、くらりと眩暈に襲われた。

(なん、だ……?)

 マズイ──と、脳内が警鐘を鳴らし始めたのは、確かこの辺りからだった。遅過ぎるくらいだと気付いたのは、もっと後になってからになる。
 俺は拾い上げたボトルのラベルを確認した。名称、アロマオイル、よし。説明、バラの香りがあなたの心とカラダをリラックス、緊張を解して心地良い開放感に……まあ、よし。
 問題があったのは、効能だ。

(っ…『催淫効果』……!?)

 アルフレッドが読める訳がない。なんで俺は自分で確認しなかったんだ。馬鹿か。ここはラブホテルだぞ!
 因みにこのボトルは本来、さっき外してしまった蓋の先端部分にキャップが付いていて、そのキャップを開けるとポタポタと数滴ずつ出て来る代物だったらしい。どう考えても入れすぎと言う事になるが、気付いた所で今更だ。

「アル! 大丈夫か!?」
「……ん、さっきからフワフワして、すごく気持ちいいんだぞ……」

 ふにゃりと笑うアルフレッドの顔は、不自然なまでに赤い。そう言えば俺も身体が熱く、怠くなって来た気がする。これはきっと、風呂に浸かっている所為だけじゃない。マズい、早く出なければ──。
 アルフレッドを抱きかかえて浴室を後にすべく、両脇に手を差し入れた。すると、それまで夢見心地だったアルフレッドの目がぱちりと見開かれて。そろりと伸ばされる指先を視線で追う。

「……あれ?」
「どうした?」

「アーサーのここ、いつもと違うんだぞ。なんだか、腫れて──」

「……──ッッ!!?」






 俺はアーサー。アルフレッドを世界で一番愛している男だ。
 全てはあの日の過ちから始まってしまったんじゃないかと、小さかった弟が大人になった今でも時々思い出す。

 尤も今は、記憶の光景が正に目の前に在るから色々と思い出される訳だが。



「アーサー、このホテル覚えてるかい? 昔さあ……」

「うっうううううるさい! あの日の事は忘れろ! ばかあ!!」

「やーなこった!」


 恋人の名前は、アルフレッド。
 俺の事を世界で一番愛してくれている男だ。




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・成長したアルフレッド一例

小学生:ショタの延長(子犬モード)
中学生:恋心を自覚して反抗期(ツンデレモード)
高校生:開き直ってアタック開始(大型犬モード)
大学生:アルフレッドが本気だと知ったアーサーがアルフレッドを真っ当な道に戻さなくてはと避け始めるのを捕まえる(ハンティングモード)
社会人:そのうち若い子の方がよくなるんじゃないかとネガティブになるアーサーを安心させる(ヒーローモード)






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