想いだけでは
「大好きだ……!」
顔を真っ赤にしてそう叫んだ俺は、張り上げた声量よりも羞恥で息を切らせながら、背後で腕を組み仁王立つ日本を振り返った。
無言の日本と目が合う。その瞳は心なしか咎めるようで。
「……」
「…まだ、駄目なのかい?」
「ダメダメです。そんな、ただ叫んでどうするのですか。いいですか? もう一度言いますが、愛がなければ駄目なんですからもっと優しく、丁寧に……」
「分かった! 分かったよ……All right.」
何で俺がこうして日本の家に居るかというと、最近恋人になったばかりのイギリスと、何故か顔を合わせる度に喧嘩してしまうからだ。
昨日もイギリスの家で喧嘩して彼に追い出された俺は、自分の家に帰るアメリカ行きの便ではなく、此処日本行きの飛行機に乗って遥々相談に来た訳なんだけど──。
* * *
「大体イギリスが素直じゃないのがいけないんだ! そうすれば俺だって……」
今回の喧嘩の理由だってそうだ。
原因なんて忘れるぐらい些細な言い争いから、突然イギリスが『お前、俺の事好きでも何でもねぇんだろ』なんて突拍子もない事を言い出して。
そんな訳ないじゃないか。
イギリスは、俺の気持ちを全然分かってない。
どうせ今も弟のようにしか想われていないんだと諦めて、必死に隠して来たこの想いの年月は絶対に彼よりも長い。
だからイギリスに告白された時は、3日3晩眠れなくなるくらい嬉しかったのだ。
──なんて言える筈も無く、『君は馬鹿じゃないのかい』と一言返したら、彼は余程ネガティブにでも受け取ったのか、もう其の後は俺の言葉なんて聞く耳持たずで、バカバカバカとお決まりの文句と共に叩き出されてしまった。
ああもう、彼は本当に俺の気持ちを分かってない!
「……それは、先にアメリカさんが素直になれば宜しいのでは?」
「ええ!? …俺が素直になった所で、彼も素直になるとは思えないよ!」
俺は日本が出してくれた机の上の茶菓子を食べる手を片時も止める事なく全否定する。
「おや……ふふ。ヒーローである貴方が、自分には出来ない事を人にさせようとおっしゃるおつもりですか?」
此処でヒーローを持ち出すなんて、その言い方は狡い。
俺が手を止めてグッと押し黙ると、了承と取ったのか日本がにこりと笑みを浮かべた。
いやいや俺が素直なんて……その前に素直って何だい?俺はイギリスに何を言えば良いのか。
ぐるぐると渦巻く思考に囚らわれている俺を余所に、ずず、と茶を飲み干した日本が立ち上がった。
「……丁度、今のアメリカさんにピッタリな物があるんです」
そうして通された奥の部屋で俺が見た物は──。
「先日、我が国で密かに製作を進めていたアンドロイドが、ついに完成したんです」
「へえ……って何でイギリスの形なんだい!?」
「オリジナルの容姿で一から創るよりも、身近な方を参考にさせて頂く方が手間も省けますから」
日本に見せられたらアンドロイドは、本当にイギリスそっくりだった。
今は伏せられている瞼の下は、あの綺麗な緑色の瞳も再現されているのだろうか。
暫しまじまじと見詰め、見惚れてる場合じゃないと正気に返る。
「参考って、こういう事ならイギリスよりも俺だろう!? 何で俺に言ってくれなかったんだい!」
アンドロイドの開発成功だなんて世紀の大発明、自分が協力を惜しむ筈がない。
「アメリカさんではサイズが大き過ぎますし」
それは確かにそうだけど、いやいや其それにしたってわざわざイギリスに頼む事ではない。
しかし日本に「イギリスさんにしか…」なんて調子の良い事を言われてホイホイ引き受ける彼の姿は容易に想像出来た。
けれど俺が憤ってる理由はそれだけじゃない。
「しかも何だい! この格好は……!」
そう、このイギリス……否、イギリス型アンドロイドの格好は、何度か飲みの席で見たあの──裸に腰エプロン、両の手首にカフスを付けて首に申し訳程度の独立した襟とリボンタイを身に着けた、彼曰わく“戦闘服”らしいとんでもない変態衣装だった。
今は正面を向いているから分からないけど、俺が知るのと同じなら尻の部分は丸見えの筈だ。
「細かい事は気にせず」
「全然細かくないよ!」
イギリスはこの発明品についてどれほど把握しているのか。
喧嘩した事なんか吹っ飛んで、今すぐにでも問い詰めに行きたいくらいだ。
しかし踵を返し掛けた俺の足は、次の瞬間固まる。
「愛情で動きます。『好き』と言ってみて下さい」
「え……?」
「今の貴方にピッタリでしょう? ささ、存分に素直な気持ちを囁いてあげて下さい」
「いや……その、だからってそんな……」
「──そうですか。では仕方ありませんね、起動は私が……嗚呼、因みに一番初めに起動した者を主人と認識してしまいますが……アメリカさんの相手をして差し上げるよう命令しますので、安心して下さいね」
にっこり。
俺が次にどう出るかなんて分かりきった、実に愉しそうな顔で日本が笑う。
ジーザス!彼は悪魔だ!
「分かったよ日本! 言う! 俺が言うから!」
俺は慌てて日本の背を押し、イギリスに似すぎて目の遣り場に困るアンドロイドの傍から離した。
そうして自分がアンドロイドの正面に立つ。
大きく息を吸って、深呼吸をした。
「……す……す………凄い眉毛だね! こんな所まで似せる必要無いんじゃないかい!?」
ずりずりずりずり…
そうして日本に引き摺られるように隣の部屋へと連れ出された俺は、アンドロイドと対面する為に特訓中という訳だ。
……イギリスの前で素直になる為にアンドロイドで練習する為の練習が必要な俺って……。
日本の庭に向かって愛を叫ぶ俺は、今イギリスから一番遠い気がした。
──なんだか、無性にイギリスに逢いたくなってきた。
今なら素直になれる気がする。
これって、もう特訓の成果は充分出てるって事じゃないかい?そうに決まってる!
そんな俺の心情を見透かしたのか、日本がちらり、と意地悪く細めた視線を送って寄越した。
「……出来ないのですか? なら残念ですがあのイギリスさんに良く似たアンドロイドは廃棄……」
「わーっ! なんでそうなるんだい!? ちょっと待ってくれよっ」
なんて酷い事を言うんだ!
幾らアンドロイドと分かっていても、彼がゴミ捨て場に打ち捨てられている姿なんて想像したくもない。
否、そもそも廃棄する発言自体が冗談だと思うけれど、他の人間が起動するのかと思うとそれも嫌だった。
俺が起動させた暁には、何としても本国の自宅へ連れて帰ろう。
金なら既に幾らでも出す覚悟は出来ている。
その為にも、まずは起動させなくては──。
意を決して息を詰める。
何度か深呼吸を繰り返してから、俺はイギリスの顔を思い浮かべた。
「──イギリス、君が好きだ。大好きなんだ……。子供の頃からずっと君だけが好きだった。ッ……他に見向きなんかした事もない! 君しか見えない! ハンバーガーよりアイスより、君が欲しい……!」
最後の方はもうやけくそだった。
はぁはぁと荒い呼吸を繰り返しながら、無言で日本を振り返る。
「……良いでしょう」
にっこりと相好を崩した日本の笑みは満足そうで、なんだか遊ばれているような気がしなくも無いけど。
今の俺は、目標を成し遂げたんだ……そんな達成感に満たされていたから気にしない。
日本の許可も出た事だし、と俺は先程アンドロイドの彼を置き去りにして来た襖をスパーンと勢い良く開け放った。
先ずは目の毒でしかない躯に自分のフライトジャケットを着せ掛けて、それから……しかし俺の思考も身体も、そこで固まった。
「にっ、日本……!?」
素っ頓狂な俺の声に呼ばれた日本は、席を外そうとしていたのか少し離れた場所からぱたぱたと足音を響かせてやって来た。
「どうしました? ……おや」
そこには──。
「日本っ、……ッ……ごめ……おれ、……せっかく協力してくれたのに……っ……」
俺と日本の視線の先には、相変わらずの戦闘服を着た格好で、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を手首の小さなカフスで拭う、どう見てもイギリス本人が立っていた。
* * *
「……で?」
戦闘服の上から俺のフライトジャケットを着て、ジャパニーズ正座で俺と対面する彼の釈明はこうだ。
昨日、俺がイギリスの家を出た後、彼も直ぐに日本行きの便を手配して俺よりも先に此処へ来て居たらしい。
俺だって直ぐに来たのに、権力を使うなんて狡いと言ったら。
「それ程余裕無かったんだよ……お前に嫌われたかと思って……」
なんて殊勝に肩を落とした言葉が返って来たから、許してあげる事にした。
日本も始めは聞き役に徹するつもりだったらしいけど、イギリスの
「…俺……一度で良いからアメリカに『好き』って言われてぇ……っ」
の言葉に絆されて協力する事にしたそうだ。
って、ちょっと待ちなよ。
「俺、言ったこと無かったっけ?」
──好き、って。
「ねぇよ!」
間髪入れずに睨まれた。
思い返してみれば……小さい頃ならいざ知らず、少なくとも独立してからは言った事が無い。
つまりは付き合い始めてからも、だ。
俺が彼の告白に返した言葉は
『きっ…君がそう言うなら付き合ってあげてもいいよ!』だ。
これでは確かに日本じゃなくても協力したくなるかも知れない。……日本はすごーくノリノリだったけど。
いやいやでも。これは俺が彼を好きな事が前提だからこそ出た言葉であって──。
初めてイギリスと出逢ったあの日から、彼を好きな事なんて当たり前すぎて気付かなかった。
けれど……──まだ抗議の眼差しで見てくるイギリスの前で素直になれる筈もなくて。俺は焦って逃げ道を探す。
「っ……お、俺の話はまだ終わってないんだぞ! その格好はなんだい!? 日本の前でまでそんな格好を晒して! 君はもっと羞恥心を持つべきだ!」
「っ……これは……! 突然お前が来るから……昨日と同じ格好してたら可笑しいだろ? けど、替えの服はこれしか持ってなくて……」
「可笑しさでいうならその格好の方がよっぽど可笑しいよ!! だいたい、そんな服を常備してるのが可笑しい!」
キッパリ言い放つと、イギリスが視線を逸らす。
その後ろめたい態度が、俺に答えを教えた。
(日本の家に寄った後は、フランスでも誘って飲みに行くつもりだったな……)
日本も日本だ。服なんて幾らでも貸してあげれば良いのに、どうせ上手く丸め込んだに違いない。
本当に……この人を放っておくと碌な事にならない。
日本は今、「アメリカさんがお茶菓子のストックを全て食べてしまったので…」と買い物に出ていて、此処には俺達二人しかいなかった。
「なら支払いは俺が…」なんてイギリスが自分の荷物の中から財布を漁り始めた事に腹が立って俺のカードを渡してあげたから、きっと帰りは遅くなるだろう。
そうでなくても、気を利かせて出て行ったんだろうし……でも。
「イギリス、早く着替えなよ。……帰ろう」
「え……?」
気を利かせてくれた日本には悪いけど──。
「もっと……、君と二人きりになれる場所がいい」
* * *
「ぐすっ……」
「……思い出し泣きは気持ち悪いんだぞ。いい加減泣き止んでくれよ……」
イギリスは泣くといつもより更に幼く見えるし、頼りない肩はつい慰めたくなって堪えるのが大変なぐらいだし、妙な色気が出るんだから余り人前で泣かないで欲しい。
「っ……おれ、お前の中でハンバーガー以下じゃなかったんだって、分かって……」
「そこなのかい!?」
今日はもっと、今までからしたらこの先500年分くらいは色々と言わされた筈なのに。
「あと、アイスより……っ!上だっ、た……ッ……」
しゃくり上げる様子に、どうしようも無くなってしまう。
ああもう、彼は今まで一体自分を何処に位置付けていたのか、否その前に俺を何だと思っているのか。
まあ……そう思わせるような心当たりが全くない訳でもないけど。
これは、彼に解らせてやる必要がある。
俺がどんなにイギリスの事を好きなのかヒーローのように格好良く告げて、その細い身体を思い切り抱き締めてやろう。
嗚呼、告白は彼からだったのだから、プロポーズは俺からするのも良いかも知れない。
「イギリス!」
俺は立ち止まって、隣にいる彼へと向き直った。
「す…す……」
イギリスの頬が期待で紅潮する。
けどきっと、俺の方が真っ赤に違いない。
「…す……っ
すきやき!!」
嗚呼……どうして──。
こんなにも好きなのに。
伝えるのは難しいんだろう。
* * *
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