君がいる明日 - main
ポッキーバトル


 ここ日本の家に、今、4人の人間…正確には4人の国家が集まっていた。
 まずは日本。自分の家なのだから何ら不思議は無い。
 そして1ヶ月前から訪問を約束していたイギリス。こちらも問題ないだろう。
 更にそのイギリスと直前まで会議をしていて、一緒に付いて来てしまったフランス。…まだ許容範囲内だ。
 最後はアポイント無しで唐突にやって来たアメリカ。これも良くある事で、いつもならば問題があったとしても其れは仕方の無い事と諦めもつくのだが。

 今、この空間には微妙な空気が漂っている。
 その空気に気が付いている者は他にもいるかも知れないが、気にしているのは自分だけだろう……日本は笑顔の下でぼんやりとそんな事を考えながら、目の前の光景を見渡した。




 恐らく飛行機の中からずっとそうだったのだろう。
 イギリスとフランスは延々と嫌味の応酬を繰り返しては殴り合いに発展する前に日本に止められるという流れを繰り返していた。
 最初はイギリスに向かって茶々を入れていたアメリカも、此方を向いたかと思えば直ぐに2人の世界に戻ってしまう、これまた繰り返し行われた一連の流れに飽きたのだろう。今は不機嫌さを隠す素振りも無い様子で、眉間に皺を寄せ黙々と菓子を口に運んでいる。
 どんなに面白くなくても、帰るつもりは無いらしい。
 日本がそれを微笑ましいと思えたのは、この4人が一つの空間に揃ってから僅かの間だけだった。

 このままでは、外見年齢ならば恐らく最年長2人組に部屋を破壊されてしまうか、又は年齢で言えば一番年若い超大国に家ごと破壊されてしまうか。
 選択肢はその二つしかない、事態は其処まで切迫していると日本は感じていた。
 早く、なんとかしなければ。

「あの、イギリスさん……」

「ん? なんだ日本? っておいアメリカ!! 一気にンなに喰うんじゃねぇ! 一人で全部喰う気か!?」

 日本を振り向いたイギリスの視界に、大量のポッキーを鷲掴みにして一度に口へ運ぶアメリカの姿が映る。
 漸く関心が自分に向いたアメリカは、分かり易いくらいに先程まで吹き荒んでいたブリザードを消して、眉間の皺を減らす。面白くない顔を崩さないのは只のポーズだろう。いつもは煩い小言も、こんな時は嬉しいのだ。
 日本は無視された事になる訳だが、結果オーライとほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。

「お前はおかんかよ」

 アメリカが何か言う前に、フランスから横槍が入った。
 それはとても小さな呟きではあったが、机を回ってアメリカの元へ向かおうとしていたイギリスの耳にまで届いてしまって。

「んだとこのワイン野郎!! 悪いかよ!?」
「へぇ、なに坊ちゃん。否定はしないの?」

 何やら話の流れが可笑しい、日本は焦って今自分に出来る事を探す。
 瞬間目についた机上のテレビのリモコンを手に取ると、彼等の興味が引ける番組は無いかと電源を入れて。画面が映ると同時、軽快な音楽と共に可愛らしいソプラノの多重奏が聴こえて来た。

『ポッキーゲーム!』

 それはお菓子のコマーシャルが丁度終わる所だったようで、画面は直ぐに別のコマーシャルに移ってしまったが、どうやら家ごと破壊される確率を減らす事に成功したらしい。

「ポッキーゲームってなんだい?」

 ゲーム好きのアメリカが興味を示す。
 簡単に言ってしまえば、ポッキーの端と端を別々の人間が銜えて双方から食べて行くゲームだ。日本は何とかアメリカの興味を引きつつ説明を引き伸ばせないものかと頭を巡らせる。

「ええと…ですね。……1本のポッキーを使って度胸を試すゲームで──」

 日本が机の上に広がる菓子類からポッキーを一本手に取るが、アメリカは肩を竦めて説明を遮る。

「1本なんて少ないよ」

 しかし話は違う方に飛び火してしまったようで。

「度胸試しだって? 面白そうじゃねぇか」

 ニヤリ、と人の悪い笑みを浮かべたイギリスがフランスに視線を送る。

「いえあの……」

「よーし、やりますか」

 フランスがすくっと立ち上がって其の視線に応えた。

 大いにやめて下さい。

 しかし、この2人に限ってまさか実行に移す筈もないだろう。

「日本! 説明を続けてくれ!」

 イギリスが机の上に用意したポッキーを一本手に取る。

「……分かりました。では、…ええと……」


 日本は直ぐに自分の判断がポッキーのチョコレートより甘かった事を後悔した。


 説明を聞き終え、2人は暫し固まったままイギリスの指から天井に向かって凜と真っ直ぐ伸びるポッキーを見詰めていたが。
「……不戦勝でいいじゃないか」
 アメリカの一言でイギリスが動いた。
 そう、アメリカは言葉の選択を誤ったのだ。
 この場合、適切なのは「引き分け」だ。
 ナンバーワン思考があだになったか、アメリカも直ぐに失言に気が付いたが、イギリスは手にしたポッキーのチョコレートの一方を躊躇いなく口に銜えた。

「ほぉーふぁんひろ。(降参しろ)」

 不戦勝、それは即ち、どちらかが負けを認めなければならない。

「イギリス……お前、後悔すんなよ」

 ゆらりと動いたフランスが躊躇いなくイギリスの銜えたポッキーの反対側を銜えて。
 そのまま、ガッ!と音がしそうな勢いで互いの両の掌を合わせて指を組むと、何故か押し合いへし合いが始まってしまった。

 肩幅に開いた足でその場に踏みとどまり、まるで押し相撲のようにグイグイと繋いだ掌を押す。
 呆然と見守っていると、不意に二人が声にならない悲鳴を上げた。

「「んんんんーっ!?」」

 銜えたまま不敵な笑みを浮かべていた双方の唇を繋ぐポッキーを、唾液の雫が伝っている。
 身長の変わらない2人は自分の方へ滴り落ちないようにと相手よりも高くと踵を上げるが、そうするとバランスを崩した体勢がたたらを踏んで前へ後ろへと足を縺れさせた。
 狭い室内に、大の大人2人の足音がドスンバタンと響く。

 最早なんのゲームか判らない。

 日本は頭痛を堪えるように額を押さえ、溜め息を吐いた。

 そしてふと、先程から押し黙っているアメリカを見遣る。


 其処には日本の家の全壊フラグが、既に立っている様が容易く見て取れた。


「アメリカさん!!」


 日本は2人を指して必死の形相で叫んだ。慣れない大声に息が切れそうだ。

「このままでは私の家が壊れてしまいます! あの2人を何とかして頂けませんか!?」

「……しょうがないなぁ、日本がそう言うならヒーローが何とかしてあげるんだぞ」

 アメリカは徐に立ち上がると、2人の間まで進み出て手刀を振り下ろす。
 鋭いそれは2人の鼻先を掠めて、ポッキーを見事二つ折りにした。

 イギリスとフランスは漸く互いの手を離すと、じりじりと後退して距離を於く。

 イギリスが銜えたままのポッキーをぷっと吐き出した。
 畳の上を、唾液と溶けたチョコレートに塗れたポッキーの半分サイズがころころと転がる。
 対するフランスは、口に銜えるポッキーを優雅な仕草で食べると指についたチョコレートを舌で舐めた。

 まだ睨み合いを続ける2人に、ついに苛立ちを隠せなくなったアメリカが無言で机の上のポッキーを掴めるだけ手に取った。

「イギリス」

 そうしてイギリスの腰を抱いて引き寄せると。

 ずぽっ。

「なんだ」の“な”の形に開き掛けた口の中に、大量のポッキーを突っ込んだ。
 そしてアメリカは、フランスや日本、目を白黒させているイギリスをも全く意に介する様子無く反対側を口に含んで。
 無言のまま、ボリボリと凄い速度で食べ進めた。

 焦ったイギリスがポッキーを噛み砕く頃には既にアメリカは唇まで到達していて。
 フランスとの乱闘の際に溶けて付着した唇の中央を彩るチョコレートすらも舐め取ってから、アメリカは捕らえていた背中を解放した。

「なっ、ななっ……」

 イギリスが真っ赤になって肩をわななかせている。

「フランスもやるかい?」

「……いや、遠慮しとく」

「じゃあ、俺の勝ちだね!」


 そうして一風変わったポッキーゲームは終了し此処で幕を閉じ──。


 れる訳がない。


「──イギリスさん」

「日本? どうし……っわ、悪ぃ! 俺、つい……」

 日本が指差す先には、一部が茶に変色……否、チョコレートが付着した畳と、半分に折れたポッキーの残骸が転がっていた。
 慌てて駆け寄るイギリスを制して、日本が目を細めて笑う。

「私は別に這い蹲って舐めて綺麗にして頂いても構わないのですが……」

 そう告げる顔には、ここにきて今日1日のストレスが爆発しましたとありありと書かれていた。

「いや、あの……に、日本……?」

「今日はポッキーの日なんです。ですから、」

 日本はくるりと背を向けて隣の部屋へと続く襖を開けると、何やらごそごそと漁りだす。

「これを着て下さいましたら、今回の件は可愛い子供の粗相と水に流す事に致しましょう」

 その手には、一端20cmくらいが黄色で、他は全部チョコレート色をした人間の身長ほどもある細長い布地が握られていた。
 どうやら全身タイプの着ぐるみのようだ。
 足首から下と、手と顔を出す穴が空いている。

 そうして次に背を向けて再び前を向いた日本は、満面の笑みを浮かべ、手には当然のようにカメラが携えられていた。


「さぁ、楽しい楽しいポッキーの日の始まりですよ」




  ◇◇◇




「はぁ……今日はえらい目に遭ったぜ」
「自業自得じゃないか」

 日本の家を出たイギリスとアメリカは、飛行機に乗ってアメリカへと向かっていた。
 明日はアメリカで会議がある。
 イギリスは深く背凭れに身体を預けて疲れた様子を隠さない。
 対するアメリカは「DDDD」と愉しげに口端を吊り上げてイギリスを覗き込んだ。

「うっせーよばか」

 小馬鹿にされても反論する気力はないのか、瞼を伏せたまま煩わしげに顔の前で手を振ってみせる。
 アメリカは少しむっとしたが、何か言ってやろうと口を開く前にイギリスが上体を傾け、ぽすっと肩に頭を乗せてきた。

「イギリ………全く、君って人は」

 慌てて起こそうとした身体を今度は静かに戻すと、肩に凭れる頭をあまり動かさないようにしてフライトジャケットを脱ぐ。
 隣ですやすやと寝息を立てる相手の身体へ、彼の身体と比べると随分と大きく感じるフライトジャケットを掛けた。

 イギリスの頭が乗る反対側の肩だけが暖かい。
 その熱は心にまで染み入るようで、そんな事を思ってしまった自分が恥ずかしくアメリカも目を伏せる。

 今回、こんな会議の前日に日本へ行ったのは、日本でヒットしたホラームービーを借りる為だ。
 時間が取れずギリギリになってしまったが、無事に借りる事が出来て良かった。
 そしてギリギリまで時間が取れなかったのは、明日の夕刻から行われる会議の開始時刻までのオフをもぎ取る為に、仕事を詰めていたからだ。

 アメリカはズボンのポケット越しに、未だ渡すタイミングを掴み損ねているテーマパークのチケットに触れた。
 あんなしょうもないゲームで子供みたいに燥げるのなら、このテーマパークではもっと楽しんでくれるだろう。

 うとうとと訪れる眠りに抗う事なく、アメリカもまた、頬を寄せればふわりと慣れ親しんだ香りのする金糸へと寄り添った。




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