不器用な恋
好きだ。
好きだ…。
好きなんだ。
お前の事が。
ずっと、ずっと前から。
自分の気持ちの変化に気付いたのは、一体いつからだったろうか。
もうそんな事さえ思い出せないほど昔の話。
それでも、あの大草原で出逢い、一目で魅せられたあの日から……俺の中の一番特別な存在が、いつだってあいつである事に変わりはない。
この、決して伝える訳にいかない想いは。
あいつを不快にさせるだけの想いは。
深く深く、船の碇を下ろすようにこの胸の底に沈めて、出て来てしまわぬように蓋をして鍵を掛けて。
そして俺は、碇と繋がれこの手に唯一残された、細い糸に縋るのだ。
「あ……おい、アル。タイが曲がってるぞ。ったく、しょうがねーなぁ。俺が……」
「ああもう、本当に君は……。いつまで俺の保護者気取りで居るつもりだい?」
「なっ! それは…、……事実、だろ」
タイに伸ばし掛けた手が煩わしげに払われる。
俺はぐ、と顎と手を引いて動揺を気取られまいと低く唸るように言葉を発し、次の台詞に身構えた。
「……昔は、ね。……あのね、俺だって何度も云いたくないけど、もうとっくに君から独立して一つの国になったんだ。名前も、昔の呼び方はやめてくれないかい」
「っ……い、いーじゃねぇか。……今だって、か、家族みたいなもんだろ? 昔は――」
「『昔』、『昔』、『昔』……いい加減、君の懐古趣味にはうんざりさせられるよ。少しは今の俺も見てくれたらどうなんだい。…この際言わせて貰うけど、……独立する前だって俺はもう君の事を兄だなんてこれっぽちも──」
「っ!! ああそうかよ! ……俺だって、俺だってなあ! …っ……勝手にしやがれ!」
「ああ、そうさせて貰うよ」
これ以上聴いて居られなくて、ともすれば震えてしまいそうになる喉から声を絞り出す。視線は上げられなかった。眼鏡の奥で苛立ちに満ちたあいつの瞳を、見たいだなんて思う筈がない。
(だめだ……泣きそう、だ……)
「…………」
不意に、至近の気配が動いて。幸か不幸か、目の前で堪え切れずに泣き出す……なんて兄と名乗るには致命的過ぎる失態を見せる前に、荒々しい足音が俺から遠ざかって行った。
硬く閉ざした瞼をそのままに、俺も……アルが、アメリカが去って行った方向とは反対へと踵を返し、振り返らずに歩き出す。
分かってる、解ってるさ。
あいつが俺を鬱陶しく思ってる事も、一時でも俺なんかの弟であった過去など、消し去りたい汚点でしかない事も。
前だけ見ているあいつが、俺なんか見向きもしない事。
あいつが……俺を嫌っている事だって。
其れでもあいつの傍に居たい俺は、細い細い家族という糸に縋るしかないのに。
絆を信じて、いつの日か再び笑い合える日を夢見るしかないのに。
(お前は……それすらも許してはくれないのか?)
誰か教えてくれ……俺はどうすればあいつの傍に居る事が出来る。
こんなにも……どうしようもないくらい、あいつの事が好きなんだ。
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