優しい眠りを君に
夜中に寝苦しくて目を覚ましたら、背後から身体に腕が回されていた。
さして驚かないのはきっと、見当を付けられる相手が泊まりに来ていた事と、何よりこの匂いと温度を知っているからに違いない。
「……おい、アメリカ……」
首を後ろへ向け、窺い見ながら小さく声を掛けるも反応はなし。
「……ったく」
大方、また寝る前にホラームービーでも見たのだろう。
腰に無遠慮に廻された腕の力強さが、訊かずとも物語っている。
そう言えば、リビングに日本から借りたDVDが置いてあった。
自分は未だ観ていないのだが、「是非アメリカさんと観て下さいね」と渡された時の笑顔を思い出せば、もう其れ以外は考えられない。
……と言うか、何も考えられない。
あー……駄目だ、眠い。
浮かせた頭を枕へ戻し、少し身じろいで寝心地の良い位置を探す。
もう少し、もう少しこうして居たいのに……。
眠りへ誘う睡魔の波に逆らえないのは、決して後ろの奴の体温が心地良いとか、鼻腔を掠める匂いが懐かしいとか、布越しに感じる心音に安心するとか、別にそんなんじゃないんだからな。
朝起きたら、絶対にからかってやろう。
顔が自然と緩むのは、そうやって馬鹿にしてやった奴が慌てふためいて言い訳を重ねる小気味良い姿を想像したからだ。
そんな事を考えながら俺は、元からみっちりと密着されてる体温に少し身を寄せて目を閉じた。
息苦しいぐらいに廻された腕に、ほんの少しだけ……あやすように指を触れさせたのは絶対内緒だ。
「おやすみ、アメリカ」
いい夢見ろよ。
◇◇◇
「………」
再び聴こえ始めた規則正しい寝息に、俺は詰めていた息をゆるゆると吐き出して、緊張の余りに締め過ぎていた腕を緩めた。
突然起きるものだから、驚いた心臓がまだバクバクいってる。……そう、この煩い心音は吃驚した所為だ。…………吃驚した所為なんだからな。
相手は、口煩くて懐古主義なイギリスだというのに。さっきの穏やかな声を想起すると、不思議と恐怖が眠気にすり替わっていく。
イギリスの声で安心したなんて、悔しいから絶対認めてなんかやらないけど──。
でも今日だけは。今はもう見れなくなってしまった、昔見たあの優しい笑顔を思い出しても良いだろうか。
(―――おやすみ……)
胸の内で、こっそり呟いた。
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