指先で伝える想い
「おーい、イギリス! ちょっと背中を貸してくれよ!」
突然アポなしで来たかと思えば、挨拶もそこそこにアメリカが俺の肩を掴んだ。
二人分の紅茶を用意して来た所だった俺は慌てて紅茶を机に置いて、導かれる儘にソファへ腰を下ろす。そのまま有無も言わさずアメリカの方へと背を向けさせられた。
つまり俺からはアメリカの姿が見えない状態だ。反射的に「んだよ、」と訝しむ声を掛けながら視線だけを背後へ送るも、別に不快な訳ではないから抵抗はしない。
正直に言えば、まあ……こうしてじゃれ付かれるのは少し嬉しかったりする。少し、少しな。
アメリカも俺の小さな抗議を意に介する様子はなく、訪ねて来た時と変わらず楽しそうだ。まあ、コイツが脳天気なのは何時もの事だが。
俺が大人しく身を委ねていると、アメリカは身を乗り出すようにソファへ膝を着いて、片手を俺の肩へ、反対の手の指先を背中に添えた。
「さあ、いくぞ!」と威勢のいい掛け声が上がる。
一体何だってんだ。
半ば呆れながら肩越しに奴の顔を見遣ると、熱心に俺の背中を注視しながら、ぐりぐりと指を走らせ始めた。
真剣な双眸と相反する楽しげな表情が、何処か昔のコイツを思わせる。
とっておきのゲームにでも興じてるような意識が自分に向けられて居るのは、何だかこそばゆい。
「おい、アメリ……」
「ねえ! 今、何て書いたか分かるかい?」
「アァ?」
思わず名を呼んだ俺の声は言い終わる前に遮られた。
意味分かんねぇ、と眉をちぐはぐに歪めながら、フランスが居たら元ヤン呼ばわりされそうな声を出して、先程の指の動きを文字として脳裏に思い浮かべる。
知るかと一蹴してしまうのは簡単だが、何となく癪だ。
……えーっと……。
──ったく、コイツは……
「てめ! バカって書いたろ!」
あー……っくそ、ムカつくメタボ野郎だ。
何をしてるのかと思えば、こんなしょうもない事を。
俺の沸点は、自分で言うのも何だがとても低い。
お前も背中貸せオラ!
怒気で粗雑になる仕種で今度はアメリカの体勢を反転させると、片手で肩を鷲掴んで反対の手のピンと立たせた人差し指の腹を背中に押し当た。直ぐさま広い背の上を滑らせる。
「……ちょっ、ちょっとちょっと君! 早過ぎるよ!」
自信満々に背を預けて居たアメリカが、俺の崇高な美技に慌てながら肩越しに振り向くのもお構いなしに、掴んだ肩をぐいぐい押して前を向かせつつ、確りと目当ての言葉を書き終えてから離してやる。
奴に体重を掛けていた姿勢を起こして背筋を伸ばす。そんな充足感に溢れる笑みで軽く顎を逸らす俺とは対照的に、アメリカの顔は何か言いたげに眉間に皺が寄せられていて苦渋に満ちている。よほど悔しいらしい。
「狡いじゃないかイギリスー!」
唇を尖らせて突っかかって来るアメリカを軽くあしらい、ソファに座り直す。
こんな下らない戯れ合いにも関わらず、僅かばかり速度を上げてしまった心音を宥める為にも、少し冷めた紅茶へ手を伸ばして一口飲んだ。
まだ文句を垂れるアメリカに「もう一回」などと肩を揺すられながらも、心晴れやかな俺の仕草は何時にも増して紳士的だ。
ん〜…紅茶が美味い。
何を書いたか、なんて何度訊かれた所で教えてやれる筈が無い。
通常は上から下へ滑らす書き順も滅茶苦茶に指を走らせたんだ。絶対分かるもんか。
…でも…、だから、云わなくても早く気付けバカ。
『I love you.』
想い続けて幾年月。いい加減、分かれ。
「…降参か?」
ニヨニヨ笑う俺を暫し見遣って逡巡した後、渋々といった様子でアメリカが頷いた。
「はは…。けど教えてやらねー」
「なっ…!!」
降参したら教えるとは云ってない。
…が、アメリカの青い瞳の奥に昏い感情が混じり始めて来たのを見て慌てて口を噤む。
危ない。昔ならいざ知らず、今はすっかり力関係が逆転してしまっている。これ以上調子に乗ると後が怖い。
今目の前に居るのは、天使と見紛う可愛い子供ではなく、一人の男なのだ。
「……なら、今度は俺が書くから背中向けてよ」
暗澹たる表情だが、俺から聞き出す事はしないらしい。助かった。
先程同様に背を向け、背中に意識を集中させる。此処で負けたらどんなに馬鹿にされる事か。しかし思いの外、先よりは早いにしろ着実な動きで文字を綴る指先に仕返しの意図は見受けられず、そんなアメリカを訝しむのも束の間…俺は其の綴られた言葉に更に驚愕させられた。
「なっ……」
『me too』
ともすれば動揺が如実に現れてしまいそうになる自分を叱責して、なるべく冷静さを装いながらそろそろと背後を振り仰ぐ。
意味深な笑みをにっこりと貼り付けたアメリカと目が合う。
待て…待て待て待て。
アイツは確かにさっき敗北を宣言した。つまり俺が何て書いたかは判らない筈だ。
ならこの「me too」の意図は何だ?やけに眩しい笑顔は何だ?いやいや只の偶然…そうに決まってる。
其れとも実は最初から分かってて一芝居打ったのか?
取り敢えず答えるだけでも書かれた語句を読み上げればいいものを、俺の脳内はパニックを起こしていて、明らかに不審者な体たらくを晒し口をパクパクとさせていた。
◇◇◇ ◇◇◇
(何なんだい、この眉毛は!)
アメリカは憤慨していた。先程から酷く心音がバクバクと煩いのは、半分はその所為だ。
日本と二人、特訓に特訓を重ね、今日のプランは完璧だった筈なのに。
(俺がやろうと思ってたんだぞ!)
最初は選択肢になく判らなかったが、先程背中に綴られた言葉は、今日、他でもない自分が…相手の背中に一番綴りたかった、綴る筈だった言葉ではないか。
日本にこの遊びを聞いた時、直ぐに今日のプランを思い付いた。
イギリスが自分を特別視してくれて居るのは分かってる。
だが、それが幼い頃の延長線なのか今の自分を見てくれて居るのかと問われると、判らない。
下手に動いて今の関係を壊すなんて御免だ。
そう、だから…
喩えどんな言葉が返って来るにしろ、素直でない相手の言葉を正確に汲む為に日本には彼の指が痺れるまで付き合って貰ったのだ。
書き順を崩されたぐらいで間違う筈がない。
だが…その意図は?
ねえ…、教えてよ。
その林檎みたいに赤くなってる顔に、少しは期待しても良いのかな。
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日は特訓という名の無駄な時間に付き合わされた腹癒せに、暴露してしまえば良い。その必死な特訓の有様を。
日「イギリスさん、先日アメリカさんたら…」
米「!?わー!!にほんー!!」
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