異な愛、慈な愛、妙な愛 後編
「イギリスさーん」
「日本……? どうした?」
息を切らせて駆け寄って来る数少ない友人の登場に、イギリスは膝を着いていた床から立ち上がって日本を迎えた。
「ハァ、ハァ……OTAKU部からの連絡を受けまして……」
「へ? OTAKU部? そんなのあったか……?」
「あ、ええとですね……趣味嗜好を同じく仲間達が情報を共有するネットワークと言いますか……」
「ふぅん。頭数が揃ってるなら、あとは顧問さえ見付けりゃ正式な部として申請出来るからな? そうしたら部費も──」
イギリスは目の前にいる日本を信頼しきった眼差しで見据え、提案する。
実に紳士的な振る舞いだと、本人も思っているに違いない。
しかし日本はそんなイギリスの視線から逃れるように目を逸らした。
「白日の下に晒して活動出来る内容では有りませんので……恐れ入ります」
「そ、そうか……で、今日はどうしたんだ?」
若干名残惜しげに眉を下げながらイギリスが再び尋ねる。
日本は言い淀み、少しだけイギリスに視線を戻した。
もしかしたら、何も考えずに此処まで来たのかも知れない。
「ええ……と、その……イギリスさんにお会いしたくて」
「……っ、日本……!」
イギリスの感極まった声。
自分達ではこうはならないだろう、フランスは呆れたように息を吐いた。
単純なイギリスに白い眼差しを送る。
「日本が後ろ手にカメラ隠し持ってんのには気付かないのな」
「ハンガリーとめっちゃアイコンタクト取ってるで」
その時、小さな影がイギリスと日本の間に飛び込んだ。
「ダッ、ダメなんだぞっ。おれの方がイギリちゅにたくさんあいたくて、いっぱい好きなんだからっ」
アメリカが、小さな身体を誇示するように両手を上げて日本を見据える。
僅かに目を見開いて驚いた風を装う日本が、首を傾げて見せた。
「おや、では私も負けてられませんね」
日本のわざとらしい言葉を聞いたアメリカが、じわりと目の縁に涙を浮かばせる。
「っ……イギリちゅ……!」
くるりとイギリスを振り返ったアメリカは、体当たりよろしく脚に飛び付いた。
「ねえイギリちゅ! イギリちゅはどっちがすきなんだい……っ!?」
その目が「おれだよね?」と切に訴えている。
おろおろと其の背を優しく抱いたイギリスが日本に目配せをした。
日本はひどく慈愛に満ちた笑みで頷く。
Thanks.そんなアイコンタクトが交わされる。
「アメリカだ。決まってるだろ? 初めてお前を見た時から、アメリカが一番だぞ」
「イギリちゅ……っ!」
───パシャパシャパシャ!
抱き合う二人を祝福するかのように、カメラのシャッター音が響き渡った。
「……こっちが泡噴きそうやで」
「はは、んじゃそろそろやりますかー」
「ん? 何をだ?」
げんなりした様子で自分を見るスペイン、プロイセンの二人に、フランスは綺麗に微笑って見せて。
そうして何食わぬ顔で欧州の教室前へと歩いて行った。
「おーい、イっギリっスくーん」
「……んだよ髭、気色悪ぃ」
「俺ー……なんだか具合が悪くってさぁー、今日の放課後、生徒会室行かなくていいかなぁ? ああ〜、眩暈が!」
やけに絵になる洗練された軽やかな二回転を決めたフランスが壁に凭れる。
イギリスの眉がひくりと動いて、つられるように片方の口角が持ち上がった。
「今日は仕事が終わるまで帰さねぇっつったろが、ふざけ……」
「イギリちゅ……! なんだかすごくぐあいが悪そうなんだぞっ! どうしよう……」
「……う……」
「ああアメリカ! お前はなんって優しいんだ! ……ついでに昨日やり残した仕事も代わりにやってくれたら、明日には元気100倍なんだけどなー……嗚呼、何処かに俺を助けてくれるヒーローはいないのか……!」
「テメッ! 調子に乗っ……」
「!! おれとイギリちゅがいれば、そんなのすぐ終わるんだぞっ! ねっイギリちゅ」
制服の裾を引かれてキラキラとした笑みを向けられる。
イギリスは震える唇を何度か開閉させた後に力無く肩を落とし、頭も落とす要領でガックリと頷いた。
「ああアメリカ……! お前はなんってヒーローなんだ!」
「あたりまえなんだぞっ!」
「明日やらされるんじゃねぇの?」
「大丈夫だ。あいつはアメリカ相手に嘘吐けないからね」
プロイセンとスペインはフランスの言葉を聞き、感心したように視線をアメリカへ移した。 拳を握り締め、スペインが立ち上がる。
「よっしゃ! 俺も長年の恨み晴らしたる……!」
ずんずんと大股で歩み寄ったスペインが、何事かと訝しむイギリスを仁王立ちで指差した。
「ぶははは! こんの眉毛ー! やーい元ヤン! 海賊! 似非紳士! 可愛い弟の前じゃ手出しできひピューン!」
ピューン!
「イギリちゅをイジメると、おれが許さないんだぞっ」
掌を突き出した格好で小さな顔に収まる細い眉を吊り上げるアメリカの直線上、壁際まで飛んだスペインの元へと、フランスは歩み寄る。
「お前な……、もう少し頭使えよ」
そんな光景を遠巻きに眺めるのは、一人残されたプロイセン。
「……あいつさえ居れば……」
「ああ! こんな所にいたー! 眉毛ー!」
突如響き渡る高い声。
「あ? セーシェル?」
イギリスがそちらに目を向ければ、ツカツカと肩を怒らせて歩いて来るのは見知った顔で。
「もー! こんな朝から呼び出して於いて、いないってどういう事ですかー! 私ずっと生徒会室前で待ってたんですよ!?」
「あー……わり、今行く」
イギリスも確かに一度は生徒会室まで出向いたのだが、鉢合わせしたプロイセンを連れて此処まで出向いてすっかり忘れていた。
「昨日、遅れるなってあんなに人に言っておいてー!」
「だから悪いっつってるだろ。……っと、アメリカは……」
「全然悪そうじゃないです!」
セーシェルの言葉に生返事を紡ぎながら、イギリスは辺りを見回す。
「──いた、アメリカ……ん? 誰と話してたんだ?」
「何でもないんだぞっ」
「そうか。俺は今から生徒会室に行かなきゃいけないんだが、お前は……」
「! おれもいっしょに行くよっ」
「よし。じゃあ一緒に行こうな」
「うんっ」
イギリスが差し出した手を、アメリカがきゅっと握って二人は歩き出した。
後を追ったセーシェルがイギリスの横に並び、三人は生徒会室へと向かって長い廊下を歩む。
「うう、こえーです……」
「? 何がだよ」
ポツリと漏らされた声に、アメリカに校内の説明をしていたイギリスが顔を上げた。
「イギリスさんのその顔です! 何なんですがその優しそうな顔! 逆に無茶苦茶こえーですよ! いつものイギリスさんはどうしちゃったんですか!?」
「んだとテメェ……」
「! その顔です! こわい……けど落ち着く……」
心底ほっとしたような声に、イギリスは小さく舌を打つ。
いつもは怯えられる其れも、今は何の効力も発揮しないようだ。
「ったく、失礼な奴だな……ん? どうした? アメリカ」
不意に、ずっと黙って会話を聞いていたアメリカが空色の双眸を不安で曇らせてイギリスの手を引く。
「……セーシェルは、いぎりちゅのカレシなのかい?」
「はへ!?」
「はは、違うよアメリカ」
「そっか」
「ああ」
………。
「ええ!? そこで会話終了ですか!? 今なんかもっと突っ込むべき所があったっす!」
「んだよ、アメリカはまだ子供なんだからちょっと言い間違えるくらい多目に見ろよ。心の狭い奴だな」
「性別ってすっごく大事なことだと思います! それにイギリスさんに言われたくねーです! 普段心狭いのはどっちですか!」
「ははははは……、よしセーシェル。明日も朝から集まろうか、勿論二人きりでな」
「いーやー!」
「……っ……」
アメリカにくいくいと手を引かれ、イギリスは視線をセーシェルからアメリカへと移した。
何処か必死な空色の眼差しと目が合う。
「でっでもイギリちゅ、ほかの人といる時となんだか違うんだぞっ」
「ん? んー……こんなのでも一応レディだからな。女性に優しくするのは紳士として当然だろ?」
「優しくされた事なんか無いですぅ!」
「うるせぇ、髭と同じ扱いされたくなけりゃちょっと黙ってろ」
「酷すぎます!」
「……イギリちゅのカレシには、おれがなるんだぞっ」
「え?」
「は?」
目を真ん丸に見開いて見下ろす大人二人に臆せず、アメリカは必死に言い募った。
「まだナイショだからコクハクはできないけど、ぜったいおれがなるんだぞっ。だから、イギリちゅはカレシをつくっちゃダメなんだぞっ! はんたいいけんは、みとめないんだぞっ」
空色の眸は今にも雨が降り出してしまいそうな程に濡れているが、アメリカはぐっと涙を堪えて力強い眼差しでイギリスの姿を見据えて。
「──アメリカ……」
イギリスはじんと感動を滲ませた震える声を漏らす。
「えええそこ喜ぶんすか!?」
「……はぁ、アメリカがこんな風に言ってくれるの、一体いつまでなんだろうな……」
「本気と書いてマジマジマジックな顔してたじゃないですか! どこ見てるんですか!」
「はぁ……アメリカ、ずっと子供でいてくれ……」
「うわーん! もう話のボケに突っ込んでもくれない!」
「おっきくなったら、おれがイギリちゅを守ってあげるんだぞっ」
「アメリカ……ぐすっ、良い子になって……」
「誰でも良いから私の話も聞いて欲しいですー!」
「──よし、着いたぞアメリカ、此処が生徒会室だ。俺は紅茶の用意をしてくるからな。……お前も飲むだろ?」
「あっ、い、頂きますっ! ……? アメリカ……さん? 何してるんですか?」
「ナイショだから、いっちゃいけないんだぞっ」
──そんな生徒会室の中を覗く、三つの陰。
「……? マジで何してんだ?アメリカの奴……」
「眉毛の机ん中になんかオモロいもんでもあるんやろか」
「ふっふっふっ……」
「プー?」
「あはは。なんやプー、頭でも打ったんかいな」
「打ってねえ! 実はな──」
───ガチャーン!
その時、何かが割れる音と息を呑む短い悲鳴が聞こえて、三人は再び生徒会室の中を窺い見る。
イギリスの手から離れたティーセットが床に落ちて割れる音と、そんなイギリスを見たセーシェルの悲鳴だった。
此方に背を向けているイギリスの顔は窺い知れないが、セーシェルの青褪めた表情を見る限り、何となく予想は付く。
三人の視線がもう一人部屋の中にいる筈の、小さな子供の姿を探す。
「あったんだぞ!」
その手には、一冊の雑誌が掲げられていた。
「ア、アメリカ……? それ、どうするんだ……?」
「この本を、だれにも見つからないようにして届けるんだぞっ」
表紙にほぼ全裸の美女がなまめかしいポーズを取っていた雑誌は、アメリカの服の下へと消える。
誰にも見付からない、を実行する為だろうか。
アメリカの胸が大きな長方形に盛り上がった。
「……誰に、言われた……?」
イギリスの声が怒気を孕んで低くなる。
対アメリカ用に抑えてはいるものの、背後からはジリジリとした殺気が放たれていた。
「それはナイショなんだぞっ。……でも、イギリちゅにヒミツはしたくないからいうねっ。「小鳥の騎士」にたのまれたんだぞっ。どうしても名前をいわなきゃいけない時にって教えてくれた名前だから、この名前はいっていいんだぞっ」
「プゥゥゥウウ…!」
フランスは小声で叫ぶという芸当をやってのけて白目を剥く。
「ケッセセ、俺様頭いーだろ! あのちびっ子の手にあればイギリスも手出しできねぇ、そして万一に備えて偽名を教えておいたから、バレる事もねえ!」
「バカ! お前ほんっとバカ!」
「バレバレやん……! 偽名もバレバレやしそもそも名前言う前から完璧バレとるわ!」
「兎に角ずらかるぞ……!」
「おう! あのちびっ子との集合場所に向かわねーと……」
「────何よあの本」
「ハンガリー!?」
振り返った三人の前に、不機嫌も露わに眉間を歪めるハンガリーが立ち塞がった。
「おっ、お前いつから其処に!」
「さっきからいたわよ、日本さんと一緒に」
「恐れ入ります」
「あっ、その服知っとるで! ninjaや! ジャパニーズ忍者やろ!」
「ええ。OTAKU部のコスチュームです」
「そんなのは良いから! お願い! せめて俺だけでも逃がしてえええ!」
「……アメリカ、今日の夕飯は小鳥と髭とトマトのソテーにしようか」
「ええー、なんだかまずそうなんだぞ」
「ははは。それもそうだな。じゃあ材料は生ゴミ行きにするか」
「それがいいんだぞっ」
「…………セーシェル」
「はひぃ!」
「アメリカを頼んだぞ。……俺が戻る前に服の中のアレを処分出来ていなかったら、……分かるな?」
にこり、自分に向けられるいっそ清々しいほど爽やかな笑みに、セーシェルはコクコクと首を縦に振った。
やっぱり、どんなに怖くても優しい方がいいかも知れない。そう思いながら。
かくして冒頭にあった彼の予想は、最後の最後に大きく外れてしまった訳である。
『明日、お前らに良いもん見せてやるよ。驚くぜ〜』
良いものが見れたか如何かは定かではないが、驚くのは、まだまだこれからのようだ。
此処は世界W学園。
世界の何処かにある、不思議な学園。
←
戻る
22222HITリクエスト。
【ギャグよりの甘々・米が子米(乳幼児期)な学ヘタでデレデレ元ヤン生徒会長に学園が震撼】
▼あとがき
〜元ヤン生徒会長の心の声入り〜
「小鳥(付きの肉)と髭(の生えた肉)とトマト(の香り付き肉)にしようか」
「なんだか生々しいんだぞ☆」
はい、色々済みませんでした…!
プーさんのエロ本の表紙の美人は、茶髪ロングの巨乳美人でも、黒髪知的眼鏡のインテリ美人でも、金毛の短髪ムキムキ美人でもお好きなイメージ映像でお楽しみ下さい。
イギリスの態度に心の突っ込みが追い付かない…所か言葉に出しても取り合って貰えない状況ですが、少しでも楽しんで頂けましたら幸い。
因みに、子米はセーシェルを男と勘違いした訳ではなく、英=花嫁=彼女という考え方が、その相手=彼氏に結び付いたといいますか。
仏兄ちゃんが子米を連れて来たのは、実は、普段皆に恐れられている英の意外な一面を暴露してもっと皆と打ち解けられれば……なんて思惑があったとかなかったとか。
戻る